36
サラが戻ってきたのは、思いのほか早かった。
「街には入らずに済んだ。街の手前でマーカスの荷馬車を見つけた」
そう話しながら、手にした袋から布に包まれた薬草と、清潔な包帯を取り出す。
「マーカスさんですか」
「ああ。事情を話したら、すぐに荷の中から薬草を分けてくれた。まあ、すべてを話したわけじゃないが」
サラから手渡された薬草は、止血と化膿止めに使える種類のものだった。
十分とは言えないが、今のライルには大きな助けになる。
「ありがとうございます、サラさん」
アルマが傷口を洗い直し、クレイが薬草を当てて新しい包帯を巻いていく。ライルは歯を食いしばって耐えていたが、処置が終わる頃には顔色にわずかな血の気が戻っていた。
「出血は収まりましたが、まだしばらくは動かせません」
クレイはライルの額に手を当てた。熱はまだ高いが、先ほどまでの危うさは薄らいでいる。
「……すみません、先生。足手まといに」
「ライル、君が今すべきことは、ゆっくりと体を休めることだ」
ライルは薄く笑って見せると、再び瞼を閉じた。
*
ライルが眠りについたのを確認すると、クレイたち三人は、洞窟の入口に場所を移し、今後の動きを相談していた。
「やはり、ガランから離れるしかないな」
「博士たちはあの扉の場所を知りました。この周辺に留まれば、遅かれ早かれ見つかります」
「でも、ライルさんをこの状態で長く移動させるのは……」
「となると、やはり、エルンストさんたちとの合流が必要です。彼らの中には手当てのできる人間がいました」
「問題はどうやって合流するかだな」
サラが腕を組む。
「マーカスさんに頼めないでしょうか。商人なら街を出入りしても怪しまれません。エルンストさんたちがガランに着いた時に、仲介してもらえれば」
「しかし、これ以上マーカスさんを頼るなら、こちらの事情を話す必要があるでしょう」
「マーカスさんを信用して良いか、ですか」
「……ええ、しかし、僕たちには彼が信用できるか、確認のために使う時間はありません」
「あたしから見て、マーカスに裏はない。あいつは二度あたしたちを助けている。一度目は恩返しだと言った。二度目の今日は、事情も聞かずに薬を差し出した」
クレイはアルマと目を合わせた。
アルマは無言で小さく頷く。
「分かりました。マーカスさんに協力をお願いしましょう」
「あたしがもう一度行こう。マーカスに会って、エルンストたちとの仲介を頼む」
「気をつけて。今日はもう二度目です」
アルマが心配そうに声をかけた。
「心配いらない。砂漠で歩みを止めるのは死ぬ時だけだ」
サラは腰の曲剣を確かめると、洞窟の外へ出ていった。
*
アルマには強気に答えたものの、今日だけで三度目の強行路に、さすがのサラにも疲労の色が見えた。
マーカスの野営地の場所は聞いていたが、安易に近道を選ぶこともできない。遠回りになるが、丘を大きく迂回し、街を避けて南側へ回り込む。
日が沈む頃になって、サラはようやくマーカスの野営地に辿り着いた。
荷馬車の傍で帳簿をつけていたマーカスは、サラの姿を見るなり立ち上がった。
「サラさん! 大丈夫ですか。顔色が……」
「水をもらえるか」
マーカスが差し出した水筒を受け取り、サラは一息に喉を潤した。それから、改めてマーカスに向き直る。
「あんたにもう一つ、頼みたいことがある」
サラは仲間の一人が負傷したこと、ガランの街に入れない事情があること、そして別の仲間と合流する必要があることを伝えた。
詳しい経緯には触れなかったが、マーカスはそれ以上を聞こうとはしなかった。
「分かりました。私にできることをやらせてください」
サラは自分の腕に巻いていた銀の腕輪を外し、マーカスに差し出した。
「砂漠の民は借りを作らない。後日必ず、この頼みを引き受けてくれたことに見合うだけの対価を払う。これはそのための預かり金代わりだと思ってくれ」
細かな意匠が刻まれた腕輪を見て、その価値を推測したマーカスは一瞬戸惑った。
だが、同じ商人として、この申し出を断ることがサラの気持ちを損なうことも理解していた。
「では、お預かりします」
マーカスは丁寧に腕輪を受け取り、懐にしまった。
「少し待っていてください」
しばらくして、マーカスは一人の少年をサラに引き合わせた。
「リオ、こちらはサラさんだ。私の大切なお客さんで、君の力を貸してほしい」
「リオーラです。リオと呼んでください」
少年は、まだ十四、五歳といったところだった。日に焼けた顔に、クリクリとした大きな目をしていた。
「リオは夜目が利きますし、この辺りの土地勘もある。サラさんのお役に立てるはずです」
「サラだ。よろしく、リオ」
サラが手を伸ばすと、リオはおずおずとその手を握り返した。
「私は街で準備を進めます。エルンストという学者の一行がガランに着いた場合に備えて、安全な場所を確保しておきます」
サラはリオを見つめた。小柄な体つきだが、眼差しには歳の割に落ち着きがある。
「体力に自信はあるか?」
「はい、任せてください」
リオは迷いなく答えた。




