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東へ向かい始めてから数日後の昼過ぎ、丘を一つ越えた途端に、視界が一変した。
大地を横切るように、巨大な水の帯が横たわっている。対岸は霞んでかすかにしか見えない。
「これがソルミア河か。……想像以上だな」
サラが足を止めて呟いた。砂漠で生まれ育った彼女にとって、これほどの水量は未だに現実味がない。
「渡し船はあちらの集落から出ているようです」
ライルが指差した先には、小さな船着き場に、数隻の平底船が繋がれているのが見える。
「ただ、定期便は身元確認が必要なはずです。先生やアルマさんの名前は博士たちに知られています」
四人は動き方を相談し、まずはライルだけが偵察に向かうことにした。
残る三人が待機している間、クレイが岸壁の一部に目を留めた。
そこには、明らかに人の手で積まれた石材が、土に半ば埋もれていた。クレイが左手を近づけると、考古学の刻印がかすかに反応する。
「橋脚のように見えます。これだけの大河に橋を架けられた時代があったということです」
「文字のようなものが残っていますが……これは判読できないですね」
アルマが石材の表面を確認したが、風化が激しく、読み取れるものは残っていなかった。
やがて、日が傾き始めた頃、ようやくライルが戻ってくる。
「定期便はやはり記帳が必要です。ただ、少し気になることがありまして。船着き場の近くで、見覚えのある荷馬車を見かけたんです」
*
「皆さん!」
河沿いの集落の外れで、荷馬車の傍に立っていた若い商人が、四人の姿を見て顔を輝かせた。
「マーカスさん」
クレイが声をかけると、マーカスは荷台から飛び降りるようにして駆け寄ってきた。
「お久しぶりです! まさかここでお会いできるとは。あの時は本当にお世話になりました」
以前と変わらぬ人懐こい笑顔だが、立ち居振る舞いには少しだけ落ち着きが加わっていた。
「あんたも元気そうだな」
サラが軽く手を上げる。
「おかげさまで。あの後、サラさんに教わったことを心がけていたら、騙されることもめっきり減りまして。あの夜に出会えなかったら、今頃は荷物も商売も全部失っていたと思います」
「ここで何をしているんだ?」
「この辺りの農村で仕入れた品を、対岸の市場に運ぶところです。商人ギルドの渡し船を手配してあります」
マーカスはそう答えてから、四人の様子に目を向けた。
「皆さんは、対岸に渡られるのですか?」
「ええ。ただ、少し事情があって、定期便は使いづらいんです」
クレイが正直に答えると、マーカスは一瞬考え込んだ表情をみせた。
「でしたら、私の荷馬車に同乗してください。商人ギルドの渡しなら、乗船名簿は荷主の名前だけで済みますから」
「面倒なことに巻き込むかもしれないぞ」
「あの夜、皆さんが通りかかってくれなければ、私の商人としての道は終わっていました」
マーカスの声は穏やかだったが、そこには確かな芯があった。
「事情は聞きません。ただ、私にできることがあるなら、お手伝いさせてください」
*
翌朝、四人はマーカスの荷馬車とともに、商人ギルドの渡し船に乗り込んだ。
幅の広い平底船が、ゆっくりと大河を横切っていく。船縁から覗き込んでも、底は見えない。
渡河の途中、マーカスが対岸の荷受け先について説明していた。
「マーカスさんは、ガランの街には行かれたことはありますか?」
「ええ、何度も。小さな街ですが、農産物の取引は盛んですよ」
マーカスは頷いてから、少し思い出したように付け加えた。
「そういえば、先日こちら側の市場でガランの商人と話した時、最近ソルステンから学者の方々が来ていたと聞きました。ガランの塔を調べ、数日で引き上げたらしいですね」
「全員が引き上げたのですか?」
「いえ、まだ街に残っている方もいるようですね。何を調べていたのかまでは分かりませんが」
クレイたちは表情を変えずに聞いていたが、視線だけが交錯した。
博士たちがガランの塔を調査し、大半が撤退した。だが、一部はまだ残っている。
やがて船は対岸に着くと、荷馬車を下ろしていく。
「またお役に立てることがあれば、いつでも声をかけてください。この辺りの市場にはよく来ていますから」
マーカスは荷馬車の手綱を取りながら言った。
「ああ。あんたのおかげで助かった」
荷馬車が街道の向こうに消えていくのを見届けてから、四人は東の丘陵地帯に目を向けた。なだらかな丘が連なるその先に、ひときわ高い影が見える。
「あれがガランの塔か」
「今日は手前の村で休みましょう。塔に向かうのは、準備を整えてからです」
ライルの提案に、四人は頷いた。




