27
長い階段を上りきった先には、月明かりがわずかに差し込んでいた。
「あそこが出口に違いない」
「やっと出られました……」
アルマは安堵の息を吐きながらも、背後の闇を振り返る。
「文書を置いていったのは正解だったな」
サラは慎重に外の気配を窺うが、人の気配は感じられなかった。
「アルマ、行くぞ」
扉の向こうへと足を踏み出した二人の目に飛び込んできたのは、石造りの広場だった。
月明かりが水面に反射し、かすかに周囲を照らしている。運河の終着点らしく、岸壁には朽ちかけた係留用の杭が並んでいる。
広場の一角には、水門を制御するための施設があったのだろう。小さな石造りの建物が静かに佇んでいた。
月の光が照らす広場には、人の気配はなく、遠くで水の流れる音だけが聞こえている。
「クレイさんたちも、無事だといいのですが……」
「追手が文書の痕跡を追ってきていたのなら、むしろあの二人は安全だったはずだ」
水門施設の石壁に沿って歩くと、月明かりを遮るように草木が生い茂った場所に出た。
「あの建物を確認してくる。アルマ、あんたはここで休んでいるといい」
「私も行きます。二人で行動した方が安全です」
アルマの声には、これまでにない強さがあった。
サラは、一瞬アルマの左手の刻印に目をやると、静かに頷いた。
「そうだな。だが、ここから先も十分に警戒するんだ」
*
水門施設は、想像していたより広かった。
入り口からすぐのところに、複数の部屋が設けられている。
かつては水門の管理人が住み込みで働いていたのだろうか、部屋の中には、暖炉の跡やベッドの台座が残されていた。
「灯りはつけないでおこう」
サラは月明かりだけを頼りに、部屋の様子を探っていく。
一階の奥には、機械室と思われる場所があり、古い機械の輪郭が暗闇の中に浮かび上がっていた。
「長く使われていないようですね。ここなら少しは安全かもしれません」
アルマが机の上に積もった埃を指で払いながら言う。
「日の出まではまだしばらくある。ここで休んで、夜明けとともにクレイたちを探しに行くのがいいだろう」
二人が休める場所を整えようとした時、外から微かに物音がした。
耳をすませていると、やがて、はっきりと複数の足音が聞こえた。
「……アルマ、隠れろ」
サラは素早く暖炉の陰にアルマを押し込み、自らも壁際の影に潜む。足音は次第に大きくなり、やがて建物の入り口に差し掛かった。
「中を調べてみよう」
低い男の声が聞こえ、ドアが軋む音がした。暗闇に灯りが差し込む。
松明を掲げた人影が室内を照らす。
サラはさらに深く影に隠れつつ、そっと曲剣に手をかけた。
複数の人影が室内に入り、サラがタイミングを見て斬りかかろうとした、その時。
「サラさん待って! クレイさんです!」
室内を照らす松明の灯りの中、見知らぬ男たちの後ろに、クレイとライルの姿が見えた。
「クレイさん!」
アルマが暖炉から姿を現すと、松明を持った男が素早く身構えた。
「誰だ!」
「待ってください、エルンスト先生!」
その声は間違いなくクレイのものだった。
「アルマさんですか?」
「あたしもいるぞ」
二人の姿を見て、ライルが安堵の表情を浮かべた。
「無事でよかった……。二人を捜していたんです」
先頭に立っていたのは、年配の学者らしき風体の男だった。
「君たちの同行者なのか」
エルンストと呼ばれた、松明を持つ年配の男がクレイに問いかける。その手には古い短剣が握られていた。
「はい、僕たちが捜していた仲間です」
クレイの言葉に、男はゆっくりと武器を下げた。サラもまた、曲剣から手を離す。
緊張が少しだけ和らいだが、サラの目は依然として警戒心に満ちていた。
「私はエルンスト。かつて、ソルステンの王立学術院に所属していた」
「彼らはソルステンから逃れてきた人々です。ここに来る途中の運河で出会い、一緒にこの施設に向かっていたところでした」
エルンストは松明を壁の灯り台に固定すると、茂みの向こうを指差した。
「向こうに仮の宿営地がある。我々はソルステンから逃れ、ここに身を隠している」
「なぜソルステンから?」
「まずは、落ち着ける場所に移動しよう。君たちも疲れているようだ」
「ありがとうございます」
アルマがぺこりと頭を下げる。
「彼が持つ剣は、古き王国を統べた王の物だ」
エルンストはクレイの剣を指差した。
「我々はその王のことを、古の「力」のことを知っている」
その言葉にアルマは息を呑んだ。




