26
松明を持つサラを先頭に、アルマたち二人は奥へと進んでいった。
「また分岐だ」
松明の灯りが、左右に分かれる通路を照らし出す。サラは一瞬立ち止まると、静かに息を吸い込んだ。
砂漠で鍛えられた感覚が、風の流れを察知する。
「左から風の香りがする……出口に違いない」
左の通路を選び、しばらく進むと、やがて開けた空間に出た。倉庫として使われているのか、古びた木箱や樽が、無造作に積み重ねられていた。
「あちらに扉があります」
アルマが小声で告げた時、その扉が大きな音を立てて開かれ、追手が一斉になだれ込んでくる。
アルマが小さく悲鳴を上げるが、サラは迷わずに一瞬で距離を詰め、先頭の二人に切り込んでいった。鞘から抜かれた曲剣が一閃し、追手は悲鳴も上げられぬまま倒れ込む。
物陰に身を隠し、戦いの様子を窺っていたアルマは、ここまで守られてばかりの自分に、歯痒さを感じずにはいられなかった。
サラは巧みに立ち位置を変えながら、敵をアルマの隠れている方向には決して向かわせない。
しかし、倉庫の暗さと狭い場所での戦いは、サラの砂漠で培った動きを制限していた。
倒されたと思っていた敵の一人が、サラの足に噛み付くように取り付く。
「くっ……」
残る追手たちは、その隙を見逃さず、バランスを崩したサラに殺到した。
「サラさん!」
アルマが思わず悲鳴をあげたが、サラは迫り来る刃を前に、咄嗟に後ろに倒れ込み、襲いかかる斬撃を交わした。
そのまま反動をつけて起き上がると、正面の敵に蹴りを放つ。
だが、その時、サラの足首に鋭い痛みが走った。
「ちっ!」
動きの鈍ったサラは、次の斬撃を完全には避けきれず、腕に傷を負ってしまう。
距離を取って態勢を立て直そうとする中、物陰からアルマが歩み出てきた。
「あの時だって、できました……」
アルマの左手の刻印が、かすかに光を帯び始める。
サラは何かを仕掛けようとしているアルマの様子を感じ取ると、剣を鞘に収め、警戒している敵の一人に向かって距離を詰める。
慌てる敵の懐に飛び込むと、背後の敵めがけて大きく投げ飛ばした。
「サラさん、下がって!」
アルマの声に従い、サラは一気に後方へと跳んだ。
その瞬間、アルマの指先から青白い雷が走ると、固まっていた敵たちは、一斉に雷に打たれて倒れ込んだ。
「……助かったぞ、アルマ」
術の反動で膝をつくアルマに向かって、サラは手を差し伸べた。
「まだ慣れなくて……でも、良かった」
アルマはその手を取り、安堵の息をつく。
「サラさん、傷が……」
「なに、かすり傷だ」
そう答えながらも、サラの呼吸は乱れ始めていた。
「だいぶ進んできている。出口は近いはずだ」
*
しばらく歩いた先で、倉庫の壁に沿うようにして設けられた、小さな扉が見え、サラとアルマは歩みを止めた。
警戒しながら扉をあけると、その奥には急な階段が上へと続いていた。
「上に向かうようですね」
「出口に違いない。行くぞ」
サラが一歩踏み出そうとした時、アルマが彼女の腕を引いた。
「待ってください。腕の傷を手当てします」
「これくらい、大したことじゃ——」
アルマは、サラの言葉を遮るように、腰にあった水筒を取り出した。
黙ってサラの傷口に注ぎ、血を洗い流してから、その上から布切れを巻いていく。
「……すまない」
「私はずっと見ていました。サラさんが私を守るために、敵を私の方に向かわせまいと……」
アルマの手が優しく傷に触れる。
「これは私にできる、数少ないことです」
サラは言葉を失ったように、ただアルマの手を見つめていた。
「サラさんは私の大事な仲間です」
「ああ、アルマもあたしの大事な仲間さ」
その時アルマが、ふと何かに気づいたように眉を寄せる。
「どうした?」
「……なぜあの人たちは、いつも私たちの居場所を正確に追ってくるのでしょうか」
「そうだな……この運河に入ってからも、ほぼ迷いなく追ってきている」
「クレイさんが言っていました。『そういう刻印の能力を持った者がいるのかもしれない』と」
アルマの目が文書の束に落ちる。
「……まさか」
「何かの刻印能力で、私たちの持ち物か何かを追跡しているのかもしれません」
「この文書を追っているのか」
「考えてみれば、私たちが街から持ち出したもので、貴重なのはこれだけ。普通の目では追えなくても、何か特別な能力で……」
アルマは静かに文書を見下ろした。図書館から持ち出したこの文書には、第二王朝期の秘密が記されている。
「もしかしたら、まだ重要なことが書かれているかもしれませんが、ここまで解読したことはメモに残しました」
二人は倉庫の隅、誰にも見つからないような場所に文書を隠した。
「これで少しは動きやすくなるでしょう」
「アルマ……なんだか、随分と頼もしくなったな」
上に伸びる階段を、二人は慎重に登り始めた。




