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上下三層から成る酒場「赤獅子亭」は、夕暮れ時の喧騒に包まれていた。
商人たちの駆け引きの声、学者の熱のこもった議論、旅人の語る珍しい土地の話。
図書館都市ソルステンならではの多彩な客層が、夕刻の店内を賑わせている。
最上階には貴族の私的な宴も開かれているらしく、階段を上り下りする給仕たちの足音が絶えない。
その店の二階、壁際の席に、フードを深く被った四人の姿があった。
「確かにここなら目立ちそうにない」
サラは周囲を確認しながら、小声で切り出した。
朝方街に入ったクレイたちは、酒場が賑わい出すのを見計らって、この場所を選んでいた。
店内の照明は暗く、壁際の席は更に影が濃い。上階からの物音と、近くのテーブルでの商談の声が、彼らの会話を自然と覆い隠してくれる。
「まずはそれぞれの動きを決めましょう」
クレイたち三人はソルステンに詳しいが、サラは初めて訪れる街だ。
そのためクレイは、準備しておいた街の略図を描いた羊皮紙を広げた。
「確認すべきは考古学協会、それに図書館ですね」
クレイの視線を受けて、アルマが図書館に立ち寄るべき理由を話した。
「ソルステンの図書館には、第二王朝期の遺跡に関する資料があるはずです。何か手がかりがあるのではないかと思っています」
「それと、この街での拠点が必要です。こちらはライル、君に任せます」
「はい。俺の店が今どうなっているか見てきます。もし安全ならば、そこを拠点にするのが良いでしょう」
「図書館は私が一番詳しいです。私が行きます」
アルマが小さく手をあげる。
「考古学協会に探りを入れるのは、もう少し状況を確認してからにしましょう。僕も、まずはアルマさんと一緒に図書館へ」
「ならば、あたしはライルに同行しよう」
「それでは二手に分かれて行動し、夜にまた集まりましょう」
*
「おかしいですね。……この書架には、第二王朝期の地図類が置かれていたはずなのに」
資料室の奥まで探索してみたが、第二王朝に関する資料はほとんど見当たらない。
「特別書庫の方も確認してみましょう。保管状態の悪い古文書は、温度管理の整った特別書庫にあるんです」
アルマは隣に立つクレイに、小声で伝えると、司書時代の記憶を頼りに、人目につかないよう、書庫までたどり着いた。
しかし、そこでも資料の欠落は明らかだった。
「まさか、意図的に撤去されているのでしょうか」
古文書の保管棚には空きが目立ち、目録と照らし合わせても、重要な資料が軒並み姿を消している。
「そう考えても不思議ではありません。徹底している……」
そのとき、書庫の扉が軋むような音を立て、二人は咄嗟に書架の陰に身を隠した。
「……誰もいないようですね」
「気のせいだったか」
「念のため、周辺も見回っておきましょう」
しばらくして、話し声と足音が遠ざかっていく。
「ここは限界ですね。一度戻りましょう」
*
「だいぶ荒らされてるな」
ライルの店「銀の羅針盤」の中で、サラが倒された棚を見ながら嘆息した。
探検用の装備や道具が床に散乱し、商品棚は引き出しまでもが抜き取られている。
奥の応接間は、更に酷い有様で、書類は丹念に調べられた形跡があり、床一面に広げられたままだった。
「でも、ここはばれなかったようで、良かった」
「隠し場所か?」
「その通り、裏側に小部屋を作ってあるんです。探検装備の保管用として」
ライルが暖炉に隠された仕掛けを操作すると、壁の一部がスライドし、狭い通路が現れた。
二人は店の周辺も入念に確認したが、今はもう見張りなどの気配はないようだった。
安全を確保すると、夕方になってクレイたちと合流し、四人は店の隠し部屋で調査結果の共有をはじめた。
「図書館の資料は、ほぼ全て撤去されていました。第二王朝期の重要資料は、跡形もない状態です」
「やはり、直接相手の懐を探ってみるのが手っ取り早い」
「何か考えがあるのですか?」
「この場所の確保が思ったよりすんなりいったんでな、考古学協会とやらを下見に行ってきた。……そのときに、思いついたことがある」
クレイとしては、焦るあまり危険を冒すことは避けたかったが、サラにはなにか考えがあるようだった。
「私ももう一つ心当たりがあります。未解読の資料が保管されている書庫があるのですが、未整理の資料であれば、まだ残されているかもしれません」
「場所は分かりますか?」
「はい、何度か行ったことがあります」
「それでは、再び二手に分かれましょう。考古学協会は僕の分野です。僕はサラさんと考古学協会へ。ライルは、アルマさんの警護を」
サラとアルマの提案を受けて、クレイたちは明日の作戦を整理しはじめた。
「その前に、サラさんの考えというのを聞かせてください」
「クレイ、お前——あたしが、何かとんでもない作戦を思いついたとでも考えてるんじゃないだろうな」
四人は夜更けまで作戦の細部を詰めていった。




