↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
刻印の考古学者 〜冴えない能力の使い方〜  作者: 音鳴 凪
ソルステンの闇

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
22/68

21

 砂漠の端を示す最後の砂丘を越えた時、サラは思わず手綱を引いて馬を止めた。

 目の前に広がる、一面に黄金色の穂波が揺れる光景。草原から吹き寄せる風は、砂を含まず、どこか湿り気を帯びている。


 砂漠の乾いた大地でしか見たことのない彼女の目には、その光景が別世界のように映った。


「……こんな景色があるのか。クレイ、あれは何だ?」


 空を舞う鳥の群れを指差しながら、サラが問いかける。


「草地を好む野鳥ですね。この辺りでは餌を探して群れで飛び回っています」


 砂漠では決して見ることのない光景に、彼女の目は自然と輝きを帯びる。

 風に乗って運ばれてくる鳥のさえずりは、砂嵐の音しか知らない耳に、不思議な安らぎをもたらしていた。


 やがて日が傾きはじめると、クレイたち一行は、小高い丘の木陰で野営の準備を始める。

 夕暮れの風が心地よく吹き抜け、辺りには土の湿り気を含んだ匂いが漂う。


「サラさん、これを使ってください」


 アルマが毛布を差し出す。そのやりとりは、旅の中でサラとアルマの仲が深まっていることを感じさせる。


「ありがとな。でも、あたしは砂の上で寝起きするほうが……」


 その言葉は、ライルが鍋の蓋を開けた時の香りで途切れた。


「山菜と川魚のスープです。旅の定番ですよ」


 ライルは手慣れた様子で椀にスープを注ぎ、サラに差し出す。炎に照らされた鍋の中では、見たことのない葉物が煮込まれていた。


「見たことのない草だな」


「この辺りの山で採れる食用の草です。ただ、毒のあるものも多いので、経験のある者でないと」


 サラは恐る恐る匙を口に運んだ。すると、砂漠では味わったことのない、土の息吹のような味わいが広がる。


「なるほど、こんな味があるのか」


 静かな時間が流れる中、遠くから馬車の轍の音が聞こえてきた。日が暮れかかっている時にしては珍しい音に、ライルが身を起こして耳を澄ます。


 丘の下の街道に、一台の荷馬車が止められていた。


 若い商人風の男が、二人組に呼び止められているようで、困惑している様子が見える。


「あたしが見てこよう」


 サラは立ち上がると、丘を下り始めた。その様子を見て、クレイたち三人も、急いでその後を追う。


 男たちに近づくにつれ、会話の内容が聞こえてきた。


「いや、だから、これは間違いなく……」


 若い商人は荷物を指差しながら必死に説明していた。周りの二人は商売の仲介人を装っているようだが、その物言いには明らかな不自然さがある。


「——こんなところで商談とは珍しいな」


 近づいたサラが、できるだけ自然な調子で声をかけた。


 突然の闖入者の出現に、振り向いた男たちには、明らかな動揺が見て取れた。


「なんだ、お前たちは……」


 商人の作法すら知らないその様子に、サラは確信を深めていく。


「まともな商人なら、荷物の値踏みに、こんな夕暮れ時を選ばないはずだ。足元も見えんような時間と場所で」


 その言葉に、若い商人がはっとしたように顔を上げた。


「くっ……」


 体格の良い男が一歩踏み出した時、追いついたライルの短剣が月明かりに反射して光った。

 その光を見た途端、男たちは観念したように後ずさりする。


「邪魔をしやがって、覚えてろよ!」


 捨て台詞を残して、二人は闇の中へと消えていった。


「助かりました」


 残された若い商人が、深いため息をつく。その表情には、疲れと安堵が混ざっていた。



 野営の火が静かに揺らめく中、マーカスと名乗った若い商人もその輪に加わっていた。


「本当に、ありがとうございました」


 彼は何度目かの礼を口にしていた。


「気にするな。商人同士、困った時は助け合うもんだ」


 アルマが淹れた茶を手に、マーカスは自身の商人としての未熟さを苦笑まじりに語った。

 街道筋の危険については、先輩商人から何度も注意を受けていたという。しかし、人の良さが災いしてか、騙されかけることも多かったらしい。


「それでも、商売の才はありそうだ」


 サラは茶碗を傾けながら言った。


「荷物の扱い方を見ていればわかる。品物への愛着がある」


「扱う品物への愛着だけは、人一倍あるつもりです」


 マーカスの声には確かな誇りが混ざっていた。


「今日の恩は必ず返します。いつか、私にできることがありましたら」


 星明かりの中、マーカスの荷馬車が遠ざかっていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。