21
砂漠の端を示す最後の砂丘を越えた時、サラは思わず手綱を引いて馬を止めた。
目の前に広がる、一面に黄金色の穂波が揺れる光景。草原から吹き寄せる風は、砂を含まず、どこか湿り気を帯びている。
砂漠の乾いた大地でしか見たことのない彼女の目には、その光景が別世界のように映った。
「……こんな景色があるのか。クレイ、あれは何だ?」
空を舞う鳥の群れを指差しながら、サラが問いかける。
「草地を好む野鳥ですね。この辺りでは餌を探して群れで飛び回っています」
砂漠では決して見ることのない光景に、彼女の目は自然と輝きを帯びる。
風に乗って運ばれてくる鳥のさえずりは、砂嵐の音しか知らない耳に、不思議な安らぎをもたらしていた。
やがて日が傾きはじめると、クレイたち一行は、小高い丘の木陰で野営の準備を始める。
夕暮れの風が心地よく吹き抜け、辺りには土の湿り気を含んだ匂いが漂う。
「サラさん、これを使ってください」
アルマが毛布を差し出す。そのやりとりは、旅の中でサラとアルマの仲が深まっていることを感じさせる。
「ありがとな。でも、あたしは砂の上で寝起きするほうが……」
その言葉は、ライルが鍋の蓋を開けた時の香りで途切れた。
「山菜と川魚のスープです。旅の定番ですよ」
ライルは手慣れた様子で椀にスープを注ぎ、サラに差し出す。炎に照らされた鍋の中では、見たことのない葉物が煮込まれていた。
「見たことのない草だな」
「この辺りの山で採れる食用の草です。ただ、毒のあるものも多いので、経験のある者でないと」
サラは恐る恐る匙を口に運んだ。すると、砂漠では味わったことのない、土の息吹のような味わいが広がる。
「なるほど、こんな味があるのか」
静かな時間が流れる中、遠くから馬車の轍の音が聞こえてきた。日が暮れかかっている時にしては珍しい音に、ライルが身を起こして耳を澄ます。
丘の下の街道に、一台の荷馬車が止められていた。
若い商人風の男が、二人組に呼び止められているようで、困惑している様子が見える。
「あたしが見てこよう」
サラは立ち上がると、丘を下り始めた。その様子を見て、クレイたち三人も、急いでその後を追う。
男たちに近づくにつれ、会話の内容が聞こえてきた。
「いや、だから、これは間違いなく……」
若い商人は荷物を指差しながら必死に説明していた。周りの二人は商売の仲介人を装っているようだが、その物言いには明らかな不自然さがある。
「——こんなところで商談とは珍しいな」
近づいたサラが、できるだけ自然な調子で声をかけた。
突然の闖入者の出現に、振り向いた男たちには、明らかな動揺が見て取れた。
「なんだ、お前たちは……」
商人の作法すら知らないその様子に、サラは確信を深めていく。
「まともな商人なら、荷物の値踏みに、こんな夕暮れ時を選ばないはずだ。足元も見えんような時間と場所で」
その言葉に、若い商人がはっとしたように顔を上げた。
「くっ……」
体格の良い男が一歩踏み出した時、追いついたライルの短剣が月明かりに反射して光った。
その光を見た途端、男たちは観念したように後ずさりする。
「邪魔をしやがって、覚えてろよ!」
捨て台詞を残して、二人は闇の中へと消えていった。
「助かりました」
残された若い商人が、深いため息をつく。その表情には、疲れと安堵が混ざっていた。
*
野営の火が静かに揺らめく中、マーカスと名乗った若い商人もその輪に加わっていた。
「本当に、ありがとうございました」
彼は何度目かの礼を口にしていた。
「気にするな。商人同士、困った時は助け合うもんだ」
アルマが淹れた茶を手に、マーカスは自身の商人としての未熟さを苦笑まじりに語った。
街道筋の危険については、先輩商人から何度も注意を受けていたという。しかし、人の良さが災いしてか、騙されかけることも多かったらしい。
「それでも、商売の才はありそうだ」
サラは茶碗を傾けながら言った。
「荷物の扱い方を見ていればわかる。品物への愛着がある」
「扱う品物への愛着だけは、人一倍あるつもりです」
マーカスの声には確かな誇りが混ざっていた。
「今日の恩は必ず返します。いつか、私にできることがありましたら」
星明かりの中、マーカスの荷馬車が遠ざかっていった。




