20
朝もやが集会場を包み込む中、砂丘の向こうから蹄の音が近づいてきた。
騎兵隊を率いて現れたのは、サラの兄、アシュラフだった。
「よくやったな」
砂漠の衣装に身を包んだ長身の青年は、静かに馬を降りると、妹に向かって微かに頷いた。
アシュラフが跪かされたラシードに視線を向けると、その瞳に一瞬、凍てつくような冷たさが宿る。
「ラシードたる者が、汚名を晒すとはな」
静かに告げられた言葉に、ラシードの体が震えた。
アシュラフは部下たちに手短に指示を出すと、ラシードは身柄を拘束され、その場から連れ去られていく。
「兄様、すでにラシードの部下から、ソルステンから来た連中の居場所を聞き出してある」
「よし、そちらはお前に任せよう」
アシュラフとの話がまとまると、サラはクレイの元に戻ってきた。
「今からソルステンの連中のアジトに踏み込む。あんたたちも一緒に来るかい?」
「はい、ぜひ。ライルたちとご一緒します」
屋敷の一室に戻ると、待機していたライルとアルマは、クレイの無事な姿を見て、ほっと胸を撫で下ろした。
「どうでしたか、クレイさん」
アルマが心配そうな面持ちで駆け寄る。
「ええ。詳しいことは道すがら話しますが、今からサラさんたちと共に、ソルステンの連中のアジトへ踏み込むことになりました」
「砂漠の民は決断も行動も早いですね」
「それは砂漠の民というよりは、サラさんが特に、かもしれませんが」
神殿で危険を顧みず率先して切り込んでいき、衆目の中でラシードを弾劾してみせた、サラの決断力と行動力。
クレイはこの短い間に見てきたサラの言動を思い出した。
「僕たちも負けてはいられません。お二人の準備は?」
「ええ。いつでも」
「私も大丈夫です!」
「相手の出方が分かりません。気を抜かないようにしましょう」
クレイの言葉に、二人は表情を引き締めて頷く。
三人が屋敷の外に出ると、既に馬を並べたサラの側近たちが待ち構えていた。
*
「サラ様、あの建物のようです」
サラの側近の一人が、前方に佇む廃屋を指差した。
町外れの古い建物は、周囲の砂丘に囲まれるように建っている。
「よし、各自、持ち場へ着け」
サラの短い号令で、側近たちが建物を素早く包囲していく。
クレイたち三人も馬を降り、サラとともに建物に向かう。
「何か、様子がおかしいですね」
しかし、建物に近づくにつれ、異様な静けさが漂っているのが分かった。
「まさか……」
クレイの言葉が終わらないうちに、サラは建物に向かって駆け出していた。
「サラ様! 危険です!」
側近たちも慌てて建物内になだれ込むが、すぐに中から焦りの混じった声が響いた。
「何も、ありません……!」
サラたちが踏み込んだ建物の中は、すでにもぬけの殻だった。
慌てて荷物を運び出した跡、灰に混じって暖炉に残された文書の断片、それらが、ここを何者かが拠点にしていたことを示している。
「一足遅かったか……」
サラの悔しげな声が、空虚な建物の中に響いた。
*
町に戻ってきたサラたちは、アシュラフに呼ばれ、彼の屋敷でお互いの情報共有を行うこととなった。
屋敷に着くと、クレイたち三人は応接まで待機させられ、サラのみがアシュラフに報告に向かった。
「ソルステンの連中との不正取引の証拠だ」
サラが部屋に入って来ると、アシュラフは広いテーブルの上に並べられた装飾品を見せる。
「これらは砂漠の神殿から盗掘されたものだ。ラシードたちは許可なくこれらの遺物を取引材料としていたようだ」
「神殿の遺物を横流ししていたのか……」
「ことはそう単純でもない」
「どういうことだ、兄様?」
アシュラフはラシードが身につけていた例の装飾品を手に取った。
「見てみろ。これはお前の能力を防いでいたと思われる代物だ」
「これは神殿の遺物ではない」
「……だとすると、これはソルステンの連中が持ち込んだということか」
「ラシードはあれから何も話そうとしない。だが、やつの態度を見るに、何か重大なことを隠している可能性が高い」
話を聞いたサラは、腕を組み、何かを思案している様子だった。
アシュラフは、その表情を見て、妹が何を考えているのかを察した。
「サラ、お前、まさか——」
「あたしが直接確認してこよう、ソルステンまで出向いて」
「しかし、慎重に事を運ばねばならん。相手の正体もまだ分からない……」
「このまま放っておけば、砂漠の遺跡は次々と荒らされることになる。あたしたちの掟が、完全に踏みにじられてしまう」
それに、とサラが続けた。
「安心してくれ、ソルステンについては《《伝手》》がある」
サラがそう言って部屋の外を目で示すと、アシュラフは理解したように小さく頷いた。
*
サラがアシュラフとともにクレイたちの元へ戻ると、二人はこれまでの調査の状況を語った。
「砂漠の民の誇りにかけて、真実を明らかにしてもらいたい」
そして、アシュラフは、そう言って話を締めくくった。
「はい。いずれにせよ、僕たちはソルステンに戻るつもりでした」
クレイがそう言って振り返ると、アルマとライルも頷く。
「何かわかり次第、連絡をしますが、どのようにしたら良いでしょう?」
ソルステンとヴァルデン砂漠までは相当の距離がある。
「そのことは心配しなくていい」
「サラさん、それはどういうことですか?」
サラは一歩前に進み出ると、腰の曲剣の柄に手を添えた。
「あたしがソルステンまでともに行く。——守り継がれてきた掟を破る者たちに、裁きを加えるためにな」




