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刻印の考古学者 〜冴えない能力の使い方〜  作者: 音鳴 凪
サルマン砂漠の神殿

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19

 砂漠の朝は早い。


 太陽が地平線を染め始める頃、サラは屋敷に信頼できる商人たちを呼び集めていた。

 いずれも、砂漠の守護者たるアデール家に忠誠を誓っている者たちだ。


 目的はもちろん、ラシード家の動きを探るため。


「最近のラシード家の荷の動き、妙だと思わんか」


 長く砂漠の秩序を重んじてきた彼らの目は、近ごろの不穏な動きを見逃してはいなかった。


「ああ。夜中に荷物が動くのは、普通じゃない」

「商館の様子も、随分と変わってきた」

「以前なら、守護者会議にも必ず顔を出していたものですが、ここのところは代理の者をよこす始末です」

「新しい倉庫も建てたそうだ。ここ最近の稼ぎにしては、派手すぎる」


 サラはしばらく商人たちの言葉に耳を傾けていたが、やがてゆっくりと立ち上がった。


「やはり、外部との取引に、緩みが出ているようだな」


 サラは集まった商人たちを見渡す。


「砂漠の掟を守り、民を導くのが、守護者としての務め。これ以降、各商館への監査を厳しくする。もし不正があれば、掟に従って処罰する」


 商人たちの間にざわめきが起きる。

 最低限のルールを守っていれば、取引においては、商人たちの裁量が広く認められていた。

 サラの決定は、古くから商売に携わってきた者たちにとって、軽い言葉ではないはずだ。


「サラ様、随分と思い切った判断ですな」


「この件は、族長から一任されている」


 取引の監査という話は、特にラシード家のような大商家にとって、看過できない情報となるはずだった。


 その思惑は当たり、その日の午後遅く、ラシード家から使者が訪れた。


「当主が、直接お話を伺いたいと申しております」


 既に夕陽が傾き始めた応接間で、丁寧に頭を下げる使者の声には、緊張が滲んでいた。


「今日はあいにく用事があってな。そうだな、明日の朝、砂漠の民の集会場はどうだ」


 使者は一瞬ためらったように見えたが、すぐに頭を下げた。


「承知いたしました。主人へそうお伝えします」


 物陰で様子を見ていたクレイは、使者が去っていくのを見届けてから姿を表す。


「……計画通りですか」


「ラシードはプライドが高いやつだ、まんまと罠にはまってくれるさ」


「では、打ち合わせ通り、僕はその場で」


「ああ、目星はついている。まずはあたしが——」



 翌朝、砂漠の民の集会場には緊張が満ちていた。


「随分と物々しい話じゃないか、サラ」


 ラシードは不敵な笑みを浮かべながら、ゆっくりと近づいてきた。豪奢な衣装に身を包み、首元にも派手な装飾品が輝いている。


「あの話はいったいどういうことだ?」


「最近外部との取引において、不正を働いているやつがいるという噂が立っている。そのために監視を強化するだけのことだ」


「まさかラシード家を疑っているのか? 何も根拠がない噂などを根拠に」


 ラシードは余裕のある笑みを浮かべる。


「根拠がないかどうか、それを調べるのがあたしの役目だ」


「ふん……。いくらでも調べてもらっても構わんが、このラシードを疑っておいて、何もなかったではすまんぞ」


「お前のその反応自体が怪しいがな」


「小賢しい……! このラシードに、やましいことなどあるわけがなかろう!」


 苛立ちの眼を向けるラシードに、サラは刻印の能力を向ける。

 サラの右目の下の刻印が僅かに光るが、しかし今、その力は何の反応も示さない。


「お前の自慢の砂漠の眼はなんと言っている? 儂が嘘をついていると言っているか?」


 サラが能力を行使したことを見て、ラシードが皮肉めいた笑いを浮かべる。


「そうだな……、確かに嘘はついていないようだ」


「そうだろうとも、なにもやましいことなど……」


「失礼、ラシードさん」


「なんだ、貴様は?」


「クレイヴァー・ストランドと申します。考古学者です」


 恭しいお辞儀とともに現れたのは、クレイだった。


「考古学者だと? いったいなぜこのような場所に……」


「僕は古いものに興味がありまして、そう、たとえばラシードさんが首元に身につけているその装飾品」


 その言葉に、ラシードの顔が強張る。


「その装飾品は、だいぶ歴史がある貴重なものに見えます。そんなもの、いったいどこで?」


「貴様いったい、何を!」


 明らかに動揺を見せるラシードに、疾風のごとく近づいたサラの曲剣が一閃した。

 サラの刃は、ラシードの首元の装飾品だけを鮮やかに払い落とし、砂埃の中、装飾品が石畳の上で澄んだ音を立てる。


「——間違いありません、第二王朝期の品物です」


 クレイが落ちた装飾品を拾い上げ、その刻印の能力で鑑定を行った。


「ラシード、どこでそれを手に入れた」


 剣を収めたサラの声は、寒気を帯びていた。

 ラシードはその声には答えず、じりじりと後ずさっていく。


「もう一度聞こう。お前は砂漠の民を裏切ってはいないと、そう言えるのか」


「な、なんだと! この儂が裏切るわけあるまい!」


 ラシードの言葉は、サラの右目の下の刻印を青く輝かせた。

 これまで反応のなかった刻印の力は、今度は確かに、ラシードから発する嘘の気配をサラに伝えた。


「どうした? 今度ははっきりとお前の嘘が分かるぞ」


 その時、ラシードの表情が一変した。

 長年築き上げてきた商人としての仮面が、一枚、また一枚と剥がれ落ちていく。


「うるさい! 古くさい掟に縛られて、利を逃すつもりはない! これからは新しい時代だ。砂漠の民にも、新しい力が……」


 怒りに歪んだ声が集会場に響き渡り、ラシードの手が震えながら腰の剣に伸びた。

 雄叫びと共に刃を抜き放ち、サラへと切りかかる。


「愚かだな、ラシード」


 サラの曲剣は優美な弧を描き、峰の部分でラシードの手首を打ち払う。

 地面に座り込み悶絶するラシードの首元に、その曲剣が突きつけられた。


「ラシードは砂漠の民を裏切り、掟を破った!」


 成り行きを見守っていた商人たちの間から、どよめきが起こる。

 砂漠の民の古い掟、守護者の剣による裁き。


 それは伝統であり、誰も逆らうことのできない決定でもあった。


「アデールの名の元に、裁きは下された!」


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