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砂漠の朝は早い。
太陽が地平線を染め始める頃、サラは屋敷に信頼できる商人たちを呼び集めていた。
いずれも、砂漠の守護者たるアデール家に忠誠を誓っている者たちだ。
目的はもちろん、ラシード家の動きを探るため。
「最近のラシード家の荷の動き、妙だと思わんか」
長く砂漠の秩序を重んじてきた彼らの目は、近ごろの不穏な動きを見逃してはいなかった。
「ああ。夜中に荷物が動くのは、普通じゃない」
「商館の様子も、随分と変わってきた」
「以前なら、守護者会議にも必ず顔を出していたものですが、ここのところは代理の者をよこす始末です」
「新しい倉庫も建てたそうだ。ここ最近の稼ぎにしては、派手すぎる」
サラはしばらく商人たちの言葉に耳を傾けていたが、やがてゆっくりと立ち上がった。
「やはり、外部との取引に、緩みが出ているようだな」
サラは集まった商人たちを見渡す。
「砂漠の掟を守り、民を導くのが、守護者としての務め。これ以降、各商館への監査を厳しくする。もし不正があれば、掟に従って処罰する」
商人たちの間にざわめきが起きる。
最低限のルールを守っていれば、取引においては、商人たちの裁量が広く認められていた。
サラの決定は、古くから商売に携わってきた者たちにとって、軽い言葉ではないはずだ。
「サラ様、随分と思い切った判断ですな」
「この件は、族長から一任されている」
取引の監査という話は、特にラシード家のような大商家にとって、看過できない情報となるはずだった。
その思惑は当たり、その日の午後遅く、ラシード家から使者が訪れた。
「当主が、直接お話を伺いたいと申しております」
既に夕陽が傾き始めた応接間で、丁寧に頭を下げる使者の声には、緊張が滲んでいた。
「今日はあいにく用事があってな。そうだな、明日の朝、砂漠の民の集会場はどうだ」
使者は一瞬ためらったように見えたが、すぐに頭を下げた。
「承知いたしました。主人へそうお伝えします」
物陰で様子を見ていたクレイは、使者が去っていくのを見届けてから姿を表す。
「……計画通りですか」
「ラシードはプライドが高いやつだ、まんまと罠にはまってくれるさ」
「では、打ち合わせ通り、僕はその場で」
「ああ、目星はついている。まずはあたしが——」
*
翌朝、砂漠の民の集会場には緊張が満ちていた。
「随分と物々しい話じゃないか、サラ」
ラシードは不敵な笑みを浮かべながら、ゆっくりと近づいてきた。豪奢な衣装に身を包み、首元にも派手な装飾品が輝いている。
「あの話はいったいどういうことだ?」
「最近外部との取引において、不正を働いているやつがいるという噂が立っている。そのために監視を強化するだけのことだ」
「まさかラシード家を疑っているのか? 何も根拠がない噂などを根拠に」
ラシードは余裕のある笑みを浮かべる。
「根拠がないかどうか、それを調べるのがあたしの役目だ」
「ふん……。いくらでも調べてもらっても構わんが、このラシードを疑っておいて、何もなかったではすまんぞ」
「お前のその反応自体が怪しいがな」
「小賢しい……! このラシードに、やましいことなどあるわけがなかろう!」
苛立ちの眼を向けるラシードに、サラは刻印の能力を向ける。
サラの右目の下の刻印が僅かに光るが、しかし今、その力は何の反応も示さない。
「お前の自慢の砂漠の眼はなんと言っている? 儂が嘘をついていると言っているか?」
サラが能力を行使したことを見て、ラシードが皮肉めいた笑いを浮かべる。
「そうだな……、確かに嘘はついていないようだ」
「そうだろうとも、なにもやましいことなど……」
「失礼、ラシードさん」
「なんだ、貴様は?」
「クレイヴァー・ストランドと申します。考古学者です」
恭しいお辞儀とともに現れたのは、クレイだった。
「考古学者だと? いったいなぜこのような場所に……」
「僕は古いものに興味がありまして、そう、たとえばラシードさんが首元に身につけているその装飾品」
その言葉に、ラシードの顔が強張る。
「その装飾品は、だいぶ歴史がある貴重なものに見えます。そんなもの、いったいどこで?」
「貴様いったい、何を!」
明らかに動揺を見せるラシードに、疾風のごとく近づいたサラの曲剣が一閃した。
サラの刃は、ラシードの首元の装飾品だけを鮮やかに払い落とし、砂埃の中、装飾品が石畳の上で澄んだ音を立てる。
「——間違いありません、第二王朝期の品物です」
クレイが落ちた装飾品を拾い上げ、その刻印の能力で鑑定を行った。
「ラシード、どこでそれを手に入れた」
剣を収めたサラの声は、寒気を帯びていた。
ラシードはその声には答えず、じりじりと後ずさっていく。
「もう一度聞こう。お前は砂漠の民を裏切ってはいないと、そう言えるのか」
「な、なんだと! この儂が裏切るわけあるまい!」
ラシードの言葉は、サラの右目の下の刻印を青く輝かせた。
これまで反応のなかった刻印の力は、今度は確かに、ラシードから発する嘘の気配をサラに伝えた。
「どうした? 今度ははっきりとお前の嘘が分かるぞ」
その時、ラシードの表情が一変した。
長年築き上げてきた商人としての仮面が、一枚、また一枚と剥がれ落ちていく。
「うるさい! 古くさい掟に縛られて、利を逃すつもりはない! これからは新しい時代だ。砂漠の民にも、新しい力が……」
怒りに歪んだ声が集会場に響き渡り、ラシードの手が震えながら腰の剣に伸びた。
雄叫びと共に刃を抜き放ち、サラへと切りかかる。
「愚かだな、ラシード」
サラの曲剣は優美な弧を描き、峰の部分でラシードの手首を打ち払う。
地面に座り込み悶絶するラシードの首元に、その曲剣が突きつけられた。
「ラシードは砂漠の民を裏切り、掟を破った!」
成り行きを見守っていた商人たちの間から、どよめきが起こる。
砂漠の民の古い掟、守護者の剣による裁き。
それは伝統であり、誰も逆らうことのできない決定でもあった。
「アデールの名の元に、裁きは下された!」




