16
夜間の砂漠は冷気に包まれていた。
新月を選んでの潜入だったが、サラは暗闇の中でも迷うことなく、幾重にもある砂丘の間を縫うように進んでいく。
「あの丘の向こうに連中がいるな」
サラが声を落として、遠くに見える微かな灯りを指差す。
「思ったより数が多いですね」
ライルが周囲を警戒しつつ、サラの横に並んで人影を確認する。
「気にすることない。あいつらは表の入り口しか知らない」
神殿の外縁部に差し掛かると、サラは砂に埋もれた壁面に沿うように進んでいく。
「ここだよ」
そう言ってサラが壁面に近づき、一見ただの文様に見える薄暗い窪みに手をいれる。
かすかに何かが沈み込んだ音がしたかと思うと、壁面が内側にゆっくりと沈み込み、暗い通路が姿を現した。
「行くよ」
「先生、先に。最後尾は俺が」
そのままサラが先頭に立ち、クレイたち三人もその後を追うようにして通路に滑り込む。
「神殿の最深部まではかなり距離がある。少し急ぐよ」
通路を進んでいく間、時折、見張りの巡回らしき物音が頭上から聞こえてくる。
「……この中で鉢合わせる可能性もあるんでしょうか」
アルマが不安げに、物音のほうを見ながらつぶやく。
「表の入り口から入ったとすると、こっちの道と交差するところがいくつかある。そこだけ注意すれば、あとは大丈夫なはずさ」
通路は次第に下り勾配を増し、地下深くへと続いていたが、ようやく通路に終わりが見えてきた。
「これは……」
広大な円形の空間の壁面一面には、第二王朝期特有の文字が刻まれていた。
その光景に、アルマが思わず感嘆の声を漏らす。
天井は闇に溶け込むように高く、その存在すら定かではない。
「クレイさん、これを見てください」
アルマは壁面に近づき、読解術の力を使って文字の解読を試みていた。
「これは記録じゃないです。誰かの記憶。……記憶を封じ込めた痕跡のように思えます」
「記憶、ですか?」
「はい。何か強い意志を感じます。何か重要なことを、後世に伝えようとしているような……」
アルマの左手の刻印がひと際強い反応を示すと、すっと意識が遠くなっていく。
どこか遠い過去から呼びかけられているような感覚――。
***
その風景が今いるこの場所だと分かるには、少し時間が必要だった。
緑が豊かに茂り、人々が優雅に暮らす風景。そこには、荒涼と広がる砂漠はなく、風には砂ではなく花の香りが混じっていた。
しかし、人々が行き交う道、その後ろに高くそびえる神殿には見覚えがある。
しかし、神殿には今と異なる部分もあった。神殿の頂上付近には巨大な水晶柱が配置されていて、内部から眩い光を放っている。
神殿の周囲にはあらゆる色の花々が咲き誇っており、そこから四方に向かって伸びる街道沿いには、多くの家が立ち並んでいた。
(……遠い昔、この地は今では考えられないほど、豊かな土地だったのね)
アルマは急激に広がった風景に戸惑いながらも、これが封印から解かれた記憶の一端であることを理解した。
その時、突然強い風が吹きすさび、アルマは一瞬目を伏せる。そして、再び目を開いたその先には、一転して嵐が吹き荒れる光景が広がっていた。
真っ暗な空からは、神殿に向かって幾筋もの稲光が降り注ぎ、神殿に設置された水晶柱の内部では、禍々しい色を放つ光球が荒れ狂っている。
(……これは、いったい何が起きて……)
「なぜ、こんなことになったのだ……」
「送られてくるはずの『星の力』が途絶えてしまった」
「このままでは反動が……」
「もう終わりだ、ここは終わりだ!」
アルマの頭の中に、いくつもの声が流れ込んでくる。
不安、恐れ、絶望。
巨大な負の感情がアルマを押し潰そうとしていた。
(……やめて! このままではみんなが!)
***
「……マさん! ……アルマさん!」
アルマの意識は、自分の名を呼ぶ声で、現実世界に引き戻された。
「クレイさん……」
目を開いた先には、心配そうに覗き込むクレイの顔。その後ろにはサラとライルもいる。
「大丈夫ですか、アルマさん」
「は、はい……」
ライルが差し出した水袋を受け取り、アルマはひりついた喉を潤した。
「……分かりました。いいえ、見えました。この神殿の役割が」
アルマはサラの方を向き、今見たばかりの記憶を思い出す。
「この土地は、かつては緑が生い茂る豊かな土地でした。神殿の頂上には巨大な水晶柱があり、それがこの地域一帯に『星の力』を伝えていたんです」
「『星の力』とはなんだ?」
「……話せば長くなるのですが、古の時代を支えていた巨大なエネルギーのようなものです。それが、かつてこの地域の人々の暮らしを支えていたんです」
クレイに支えられながら、アルマはなおも言葉を継いだ。
「でも、突然、送られてくるはずの力が途絶えた。そして……恐ろしい反動が起きました。それまで『星の力』によって保たれていた豊かな土地は、一転して砂漠と化してしまったんです」
アルマの言葉を聞き終えたサラは、壁一面に刻まれた文字を静かに見上げた。
「あたしの一族は、この神殿が持つ本当の意味も分からぬまま、ただ守り続けてきた」
突然の説明に、サラはすべてを理解できたわけではなかったはずだ。
しかし、長くこの地域を守護してきた一族として、その役目の本当の意味を察することはできていた。
「だが、どうやら、あたしたちの役目にも、きちんとした意味があったようだな」
「地上に戻りましょう。サラさん、そこであらためてすべてをお話しします」




