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刻印の考古学者 〜冴えない能力の使い方〜  作者: 音鳴 凪
サルマン砂漠の神殿

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17/68

16

 夜間の砂漠は冷気に包まれていた。


 新月を選んでの潜入だったが、サラは暗闇の中でも迷うことなく、幾重にもある砂丘の間を縫うように進んでいく。


「あの丘の向こうに連中がいるな」


 サラが声を落として、遠くに見える微かな灯りを指差す。


「思ったより数が多いですね」


 ライルが周囲を警戒しつつ、サラの横に並んで人影を確認する。


「気にすることない。あいつらは表の入り口しか知らない」


 神殿の外縁部に差し掛かると、サラは砂に埋もれた壁面に沿うように進んでいく。


「ここだよ」


 そう言ってサラが壁面に近づき、一見ただの文様に見える薄暗い窪みに手をいれる。

 かすかに何かが沈み込んだ音がしたかと思うと、壁面が内側にゆっくりと沈み込み、暗い通路が姿を現した。


「行くよ」


「先生、先に。最後尾は俺が」


 そのままサラが先頭に立ち、クレイたち三人もその後を追うようにして通路に滑り込む。


「神殿の最深部まではかなり距離がある。少し急ぐよ」


 通路を進んでいく間、時折、見張りの巡回らしき物音が頭上から聞こえてくる。


「……この中で鉢合わせる可能性もあるんでしょうか」


 アルマが不安げに、物音のほうを見ながらつぶやく。


「表の入り口から入ったとすると、こっちの道と交差するところがいくつかある。そこだけ注意すれば、あとは大丈夫なはずさ」


 通路は次第に下り勾配を増し、地下深くへと続いていたが、ようやく通路に終わりが見えてきた。


「これは……」


 広大な円形の空間の壁面一面には、第二王朝期特有の文字が刻まれていた。

 その光景に、アルマが思わず感嘆の声を漏らす。


 天井は闇に溶け込むように高く、その存在すら定かではない。


「クレイさん、これを見てください」


 アルマは壁面に近づき、読解術の力を使って文字の解読を試みていた。


「これは記録じゃないです。誰かの記憶。……記憶を封じ込めた痕跡のように思えます」


「記憶、ですか?」


「はい。何か強い意志を感じます。何か重要なことを、後世に伝えようとしているような……」


 アルマの左手の刻印がひと際強い反応を示すと、すっと意識が遠くなっていく。

 どこか遠い過去から呼びかけられているような感覚――。


***


 その風景が今いるこの場所だと分かるには、少し時間が必要だった。


 緑が豊かに茂り、人々が優雅に暮らす風景。そこには、荒涼と広がる砂漠はなく、風には砂ではなく花の香りが混じっていた。

 しかし、人々が行き交う道、その後ろに高くそびえる神殿には見覚えがある。


 しかし、神殿には今と異なる部分もあった。神殿の頂上付近には巨大な水晶柱が配置されていて、内部から眩い光を放っている。


 神殿の周囲にはあらゆる色の花々が咲き誇っており、そこから四方に向かって伸びる街道沿いには、多くの家が立ち並んでいた。


(……遠い昔、この地は今では考えられないほど、豊かな土地だったのね)


 アルマは急激に広がった風景に戸惑いながらも、これが封印から解かれた記憶の一端であることを理解した。


 その時、突然強い風が吹きすさび、アルマは一瞬目を伏せる。そして、再び目を開いたその先には、一転して嵐が吹き荒れる光景が広がっていた。


 真っ暗な空からは、神殿に向かって幾筋もの稲光が降り注ぎ、神殿に設置された水晶柱の内部では、禍々しい色を放つ光球が荒れ狂っている。


(……これは、いったい何が起きて……)


「なぜ、こんなことになったのだ……」

「送られてくるはずの『星の力』が途絶えてしまった」

「このままでは反動が……」

「もう終わりだ、ここは終わりだ!」


 アルマの頭の中に、いくつもの声が流れ込んでくる。

 不安、恐れ、絶望。

 巨大な負の感情がアルマを押し潰そうとしていた。


(……やめて! このままではみんなが!)


***


「……マさん! ……アルマさん!」


 アルマの意識は、自分の名を呼ぶ声で、現実世界に引き戻された。


「クレイさん……」


 目を開いた先には、心配そうに覗き込むクレイの顔。その後ろにはサラとライルもいる。


「大丈夫ですか、アルマさん」


「は、はい……」


 ライルが差し出した水袋を受け取り、アルマはひりついた喉を潤した。


「……分かりました。いいえ、見えました。この神殿の役割が」


 アルマはサラの方を向き、今見たばかりの記憶を思い出す。


「この土地は、かつては緑が生い茂る豊かな土地でした。神殿の頂上には巨大な水晶柱があり、それがこの地域一帯に『星の力』を伝えていたんです」


「『星の力』とはなんだ?」


「……話せば長くなるのですが、古の時代を支えていた巨大なエネルギーのようなものです。それが、かつてこの地域の人々の暮らしを支えていたんです」


 クレイに支えられながら、アルマはなおも言葉を継いだ。


「でも、突然、送られてくるはずの力が途絶えた。そして……恐ろしい反動が起きました。それまで『星の力』によって保たれていた豊かな土地は、一転して砂漠と化してしまったんです」


 アルマの言葉を聞き終えたサラは、壁一面に刻まれた文字を静かに見上げた。


「あたしの一族は、この神殿が持つ本当の意味も分からぬまま、ただ守り続けてきた」


 突然の説明に、サラはすべてを理解できたわけではなかったはずだ。

 しかし、長くこの地域を守護してきた一族として、その役目の本当の意味を察することはできていた。


「だが、どうやら、あたしたちの役目にも、きちんとした意味があったようだな」


「地上に戻りましょう。サラさん、そこであらためてすべてをお話しします」


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