10
神殿内部には生ぬるい空気が漂っていた。
氷河の下に眠る建造物とは思えないほど、適度な温かさが漂っている。
クレイは壁面に手を触れ、その不思議な温度を確かめた。左手の刻印は、まるで戸惑うように微かに明滅している。
「この建材、通常の石材とは明らかに異なります」
松明の灯りに照らされた壁面は、わずかに青みがかった光沢を放っていた。
表面は滑らかで、まるで一枚岩から削り出したかのような質感。しかし、そのような大きさの岩体が自然界に存在するとは考えにくい。
三人は緩やかな傾斜を持つ参道を進んでいく。
やがて、小さな空間にたどり着くと、参道はそこで行き止まりになっていた。
「おかしいですね。作りとしては神殿の中枢まで繋がっているはずですが」
クレイは手帳を取り出すと、ここまでの構造を確かめる。
「先生、これを見てください」
松明の灯りに照らし出された壁面には、幾何学的な文様が浮かび上がっている。
「これは星座ではないでしょうか。ほら、これはカラス座のように見えます」
星の位置は旅をする上で重要な役割を果たす。ライルはその職業柄、星座に関するひと通りの知識を持っていた。
「いえ、少し違うようです。現代の星図とは異なる体系のような。むしろ……」
クレイの言葉は、しかし、突如として響いた振動音にかき消された。
まるで神殿全体が息づいているかのように床が鳴動し、その振動に呼応するように、壁面の文様が淡く発光する。
「頭上に気をつけてください!」
「……聞こえます。声が聞こえます」
ライルが周囲を警戒する中、アルマが不意に壁面に手を伸ばした。
「アルマさん、大丈夫ですか」
伸ばされた手を無視して、アルマが壁面の紋様に指を這わせると、その軌跡に合わせて光が強くなっていく。
「この反応は……」
「……教えようとしています」
アルマの目は、どこか遠くを見つめているかのように虚ろだった。
「私たちに何かを伝えようとしている……」
光が壁面の一部を囲むように巡ると、壁面がゆっくりと内側に沈み込んでいく。
「ここです。私たちを呼んでいます」
「隠し通路のようですね」
ライルが松明で奥を照らす。ここまでの参道とは異なり、通路は下方へと続いていた。
「地下へ繋がっているのか……」
クレイは階段の最初の一段に触れる。
磨耗した石段からは、長年の使用の痕跡が感じられたが、刻印が教えてくれる情報は曖昧なものだった。
「進みましょう。俺が先頭に、先生は後ろをお願いします」
階段の両側には、ここまで見られたものとは異なる文様が刻まれていた。その間隔は規則的で、まるで何かの指標のようにも見える。
三人が階段を下る間も、足元からは低い振動が一定の間隔で続いていた。まるで神殿が呼吸をするように、文様が明滅を始めている。
「これは誘導のための印です。まるで、私たちに『早く来るように』と言っているようです」
そう言ってアルマが再び壁面に触れたその瞬間、読解術の刻印が、これまでに感じたことのない反応を示した。
意識が何かに深く引き込まれていく。
「どうしました、アルマさん!しっかり」
そばにいるはずのクレイの声が遠のいていく。
*
青白い光に満ちた祭壇。
六つの水晶柱が浮かび上がり、その前で白装束の人々が円を描くように並んでいる。
誰かが低い声で詠唱を始める。
「もう、制御が……」
中央の水晶に映る星々の光。それは美しく、そして危険なほどに不安定に揺らめいていた。
風のような音が神殿に満ちる。祭壇を囲む文様が次々と輝きを帯び、まるで生命を持ったように蠢き始める。
アルマには、その場の緊張が、まるで自分のことのように感じられた。
誰かが警告の言葉を刻んでいる。その手つきは慈しむような、そして悲しみを帯びたものだった。
文字の一部が見える。
「星の――」
「力の――」
「封印を――」
水晶の中で渦巻く光が激しさを増す。
祭司たちの詠唱が重なり、響き合う。そして――。
*
「…マさん!アルマさん!大丈夫ですか!」
クレイの声に、アルマの意識は現実へと引き戻された。
「見えました……私には見えました。この先に、第二王朝を滅ぼした真実が眠っているんです」
アルマのその声は寒さではないものによって震えていた。




