81話 馬車を贈る
2200を少し過ぎた頃、1台の馬車が到着した。
館の扉が叩かれ、普通の布の服を着たホークが出迎える。
応接室に入って来たのは3人だ。
白髪長身の男、神の館でユーリ王子と共にいた年配の男だ、が俺に挨拶してきた。
「ファルス=カン外政官、このような時間の訪問をお許しください。
私はセルゲイ=シャトフ。ユーリ第一王子麾下の黒鉄騎士団の団長を務めております。」
「ようこそ、シャトフ団長。お座りになってください。」
テーブルを挟んでシャトフ団長がソファに腰掛ける。
2人の護衛はその後ろに立つようだ。
杖を持った女魔法使いと女剣士か。
ホークが開けていた部屋の扉からグラスを持ったサラが入ってくる。
俺とシャトフ団長の前に置くと、残りのグラスと酒壜を残して部屋を出て行く。
ホークが扉を閉めた。
この応接室には扉が2つ付いている。
ホークが閉めた玄関ホール側がお客用の扉。
俺の左後ろに廊下側の扉がある。
「では、シャトフ団長。アドニス神の恵みと我々の出会いに。」
「頂戴します。」
俺は一口飲むとグラスをテーブルに置いた。
ちなみに俺の服装はいつものボディスーツ。剣も短剣も着けていない丸腰だ。
対するシャトフ団長も黒鉄騎士団の黒い制服姿だが、腰には何も着けていない。
女魔法使いが何かを感じ取ったようだ。視線を周囲に巡らす。
「・・・これは、結界?」
「えっ!?」
女剣士が反応する。
二人のやり取りを聞いてシャトフが表情を硬くしたようだ。
「ああ、お気付きになられましたか。この部屋に遮音の魔法を掛けました。これで話し声が部屋の外に漏れることはないですよ。」
そして、外の音がこの部屋に届くこともない。
電波は届くので情報パネルは使えるし、ナノ通信も大丈夫だ。
残念ながら振動も届くので、館を揺らすようなことがあれば気が付くだろう。
「なるほど、ご配慮感謝します。」
「では、ご用件を伺いましょう。」
「はい、我がエの国とレギウス村は親交契約書を交わしております。
ですが、この契約書はお互いの存在を確認する為の内容であり、国と国としては、なんら条約を取り交わした物ではございません。
ユーリ第一王子はレギウス村を我が国の最重要友好国に遇し、より親密な交流を持ちたいとお考えです。」
女魔法使いが懐から丸められた紙束を取り出し、テーブルの上に置く。
「条約の草案を用意しました。こちらをご覧いただきたい。」
シャトフ団長が紙束を俺に差し出す。
「ありがたい申し入れだが、内容を確認する前に一つ言っておくことがあります。」
「なんでしょう?」
「我々レギウス村、月の人は組織としては、いかなる国とも軍事的活動の協力はいたしません。
国としての条約は全て交易関係に限ります。
それをご承知ください。」
「なるほど。それは外政官個人のお考えですか?」
「いいえ、我々月の人の総意です。」
「そうですか。」
シャトフ団長は書類を手元に戻し、女魔法使いに戻した。
先の第二連隊のフォスター伯。冒険者ギルドが得た情報。月の人に関する噂話。
やはり我々の力が狙いであったようだ。
まともな条約ならシャトフではなく、外政局の役人が来るのが筋だしな。
「組織的な条約は結べない、と。では、個人では協力できる、という事ですな。」
「そうですね。将来的にはレギウス村を離れて冒険者としてこの地で暮らす月の人が現れる可能性があります。そうなると、何らかの事情により、その者がある組織、国家に軍事的に関わる可能性もあります。」
「なるほど。」
シャトフ団長はまっすぐに俺を見た。
「では、とある事情により、カン外政官に軍事的協力をお願いしたいのですが。」
「ほう。どんな事情と協力ですか?」
「貴殿を、黒鉄騎士団、次期団長としてお迎えしたい。」
「団長!?では、シャトフ団長、あなたは。」
「私は引退いたします。」
シャトフは俺をまっすぐに見つめている。これは本気なのか?
後ろの二人に動きは無い。事前に聞いていたのだろう。
「ふぅ、それは、ありがたい申し入れですね。ですが、」
「いや、即答できないのは承知しております。今回は我々の意思をお伝えしたまで。
我々は貴殿をそれだけ評価している、ということです。
ご回答はいずれ、改めてお聞きいたします。」
シャトフ団長はそう言って立ち上がった。
「では、我々はこれで。」
俺も立ち上がる。引き止める理由は無いだろう。
情報パネルを2回タップすると遮音の魔法が外れた。
女魔法使いは気付いたようだ。何やらつぶやいている。
ホークによって扉が開けられる。
「では、カン外政官。これにて失礼いたします。」
「シャトフ団長、次の出会いを楽しみにしています。」
こうして黒鉄騎士団の一行は館を去った。
■■■
「シャトフ団長。彼は誘いを受けるでしょうか?」
「わからんな。しかし、目の前にしてわかったが、あれは化け物だぞ。」
「では、冒険者ギルドに渡した判定機の結果は、間違いでは無い、と。」
「そうだ。王子も同意していたからな。どうしたソフィア?」
「あの結界。完全に外部と遮断されていました。まるで聖域の結界のようでした。
それに結界が解かれた後。
気付きましたか、ユリア?
あの館の中には10人以上が隠れていたのです。」
「なに!?」
「隠密スキルか。いや、あの館にあるというレギウス村との転移魔法陣を利用したのか。
いずれにせよ、当初の作戦通りに奴を捕えようとしていたら、我々がそうなっていた、ということか。」
「「・・・」」
「王子の心変わりに感謝するべきかな。」
3人を乗せた馬車は王宮へ向けて夜の街を走り抜けていく。
■■■
「ファルス。団長になるのか?」
「騎士団団長は良いですね。魅力的ですよ。」
「静かに終わってなによりです。」
「伏兵がおらんとは、我々の待機が無駄になったではないか。」
「平和的提案でしたね。」
「ふふふ、さぁ皆さん戻りますよぉ。」
◇
レギウス村、外政官の館。
「で、誘いには乗るのか?ファルス。」
「うーん、即答で断れなかったからなぁ。俺の中に、その気が無い、とは言い切れないなぁ。」
「レギウス村は作ったが、これから死ぬまでこの村を離れてはならない、という法もあるまい。」
「しかしなぁ。」
「なんじゃ。また責任感とかが邪魔をしておるのか?ファルス。」
「それもあるし、カルー少佐とミリア中尉の件もある。
そうだ、冒険者ギルドに行っていたんだろう。何か面白いことでもあったか?」
「ふふふん。うちもSランクじゃ。もっともリサもじゃが。
で、ヴィクターたちがSランクの実力を見たい、と言うからな。
街の北の湿地帯に沼ドラゴンの巣があるというので、リサと行ってきたのじゃ。」
「それで時間が掛かっていたのか。」
「いや、湿地帯に着いて、リサが遠見の窓でヴィクターたちを呼んで、沼ドラゴン6体を倒したところまでは良かったのじゃ。」
「うん。」
「沼ドラゴンの巣に遺跡があってな。マリアが古の帝国の遺跡かもしれない、と騒ぎ出して、リサと一緒に魔道具を求めてそこらじゅう掘り返し始めた。
皆、泥だらけになって探したよ。」
「そうか、それで何か見つけたのか?」
「何もなし、じゃ。まぁ遺跡があったことだけは王宮に伝えると言っておったな。」
「それは残念だったな。」
「ああ、でも久し振りの狩りは楽しかったぞ。」
「そうか。」
「ファルス。また旅に出たいな。」
「そうだな。」
それは良い考えだ。
クリスの寝顔を見て、俺も眠りに落ちる。
◇
翌日。
サイモンにカルーの城の状況を確認した。
城の構造分析は9割方終了している。
残りは扉が閉ざされていて偵察機も侵入できない部屋がいくつかある。
今後は住人達の会話の傍受によって、カルー少佐の現在地や動向を探っていく。
外出申請書の運用許可が出たので、夕食後に発表した。
今後は組織の再編も必要になるだろう。
◇
8日後。
クリスは完成したレギウス製の馬車をオの国のアビー姫に贈った。
スプリングコイル仕込みのクッション椅子が好評だったという。
既存の椅子に乗せるクッションも大小10枚を贈っている。
いずれ注文が届くだろう。
クリスはアビー姫にしばしの別れを伝えた。
■■■
カッシーニ81の横に破壊された設備が置かれた。
生産部が工作機を用いて5番艦着陸地点から回収してきた物だ。
「カン少佐からの回収命令だけど、こんな物、どうすんだ?」
「さーて、俺らにゃ考え付かない様な事でも考えてるんだろう。」
「に、しても、これ、どっから手をつけます?」
「まずは汚れを落として綺麗にしないとな。」
「とりあえず、汚れは落ちたか。」
「操作パネルは駄目だな。使いもんにならん。」
「電源と通信コネクタを繋げば、後はナンドゥールが調べてくれるよ。あんたより頼りになるからね。」
「へいへい。」
「電源は駄目ですね。」
「このコンピュータボックスは大丈夫そうですよ。」
「ふむ。見た目に傷はなし、コネクタ部も正常か。よし、ナンドゥールに繋いでみろ。」
「了解。」
ブン
1万年ぶりに電源を入れられたコンピュータボックス。
ナンドゥールはそのボックス内のナノマシン達の話を聞き、それらを記憶し、共有した。
次回82話「クリスと二人」
休暇です。




