74話 戦争の噂
少し時間を遡る。
レギウス村の収穫祭が終わり、カルー少佐への対応を検討中のことだ。
俺は日常業務として、エの国、王都ミラルダのレギウスの館に来た。
この館は城下町の西側に位置している。
炊事場だけが石造りで他は木造の二階建ての建物だ。
広めの玄関ホールに受付の机を2つ置き、4人掛けの長椅子を2つ用意している。
一階には他に部屋は3つ、応接室、俺と職員4名の執務室、食堂と炊事場だ。
二階には4部屋あり、こちらを職員の部屋に割り当てている。
レギウス村との時差は約4時間あるので、こちらに自分たちの部屋があると都合が良いから、との配慮だ。
転送門は廊下の突き当たりに設置しているので、俺が現れても廊下を歩いてきた様に見える。
職員はレギウス村の村人から4人を採用した。
受付に座っているのはその一人、ルーカスだ。
若い頃は冒険者であったが、左足のひざ下を失い、義足の木の棒を付けている。
以前は村長の下で村の事務作業をしていた、ということでレギウスの館の仕事に就いてもらっている。
「やあ、ルーカス。今日はお客さんは来たかい?」
「カン外政官。いえ、本日はこれまでの処、来客はございません。
お手紙が届いておりましたので、机の方に届けてあります。」
「ありがとう。」
「はい。それと、妻のリリアナとナタリーが素材屋に出かけております。」
「わかった。」
事務室にはワーニャが居た。自分の机で書類を広げている。
「やぁ、ワーニャ。それは何の書類だい?」
「カン外政官。これは、布の価格表です。」
「布?」
「はい、冬服用の厚手の布やベッド用やテーブル用の布の価格表ですが、しばらく前から値上がりしてるんですよ。
お店で値段を聞いて書き留めてきたので、購入予定の数量を確認して必要な銅貨の確認をしています。」
「そうか。この時期は値上がりするものなのか?」
「私たちの国では服や布は季節で値上がりするような物では無かったですよ。麦や野菜は高くなりましたけど。」
「そうだよな。」
なにか理由があるのだろうか?
俺の机の上には手紙が2通届いていた。
1通はアラン子爵からだ。
あの騒動の後、王都ミラルダでの職を辞め故郷に戻っていた。
手紙によるとザーリ辺境伯の娘サーシャと結婚したそうだ。
幼馴染だった二人だ。
おめでとうの言葉を返事として手紙を書いた。
これはワーニャに渡してザーリ辺境伯邸に届けてもらう。
そうすれば、ザーリ領まではあちらが届けてくれる。
2通目はそのザーリ辺境伯からだ。
畑が豊作であったこととマクレガー村長への感謝の言葉が綴られている。
最後は天使セリーヌへの感謝の言葉で締められているな。
これは村長に廻そう。
◇
しばらくするとリリアナとナタリーが戻ってきた。
二人は俺を見るなり、机の前に駆け込んできた。
「カン外政官、大変です。」
「戦争ですって、戦争。」
「なに?何処と何処の戦争だ?」
「この国とウの国です。」
「イの国もですって。」
慌てている様子の二人を落ち着かせるためにワーニャにお茶を用意して貰った。
場所を応接室に移して、二人から話を聞く。
素材屋での事だ。
皮や紙といった物の値段も値上がりし、数も減っているという。
王都ミラルダの収穫祭は5日後の520日にある。
祭りのせいで値上がりしているのか?と商人に訊くと、そうではないらしい。
何でも王城が各種武器、防具、食料、布や紙束、筆や墨といった物を買い集め始めたという。
商人たちの噂話では、南のウの国では春に内乱が起こったせいで秋の収穫が少なく、この国の食料を狙って南の領地に攻めてくるそうだ。
さらに、そのウの国の新王家にはイの国が力を貸しているという。
リリアナ達は元はウの国の人間だが、現在のウの国はリリアナ達の村の領主と対立していた派閥が主流派になっている。
ルーカスとリリアナの息子二人とワーニャの夫は、その内乱で命を落としている。
南の領地といえばブリント辺境伯の治める領地だ。
収穫期の現在、辺境伯たちは王都から自分たちの領地に帰っている。
俺はレギウス村に戻り、レイチェルに声を掛けてブリント辺境伯の屋敷に向かう事にした。
◇
ブリント辺境伯の屋敷前に転移すると門の前に4人の衛兵が立っていた。
俺とレイチェルは衛兵に名乗りブリント辺境伯への面会を求める。
衛兵の一人が屋敷に走り、使用人の一人を連れて戻ってきた。
「ファルス=カン様。レイチェル様。ようこそお越しくださいました。
辺境伯がお会いになられます。こちらへどうぞ。」
"嵐"と"強風"の2頭を馬止めにつなぎ、館へと歩いて行く。
館の左手の庭には3つの大きな簡易小屋が建てられ、20名ほどの兵士と馬たちがいた。
「ようこそ、ファルス=カン殿、レイチェル殿。」
「お久し振りです、ブリント辺境伯。」
館の応接室に通され、辺境伯と挨拶を交わす。
応接室には先客がいた。
軍服姿の年配の男が辺境伯の前に腰掛けている。
壁際には2人の兵士が立っている。
中央のテーブルの上にはカップが2客に地図が広げられている。
俺たちとテーブルの間には二人掛けのソファが置かれている。
どうやら俺たちが来た事で、隣の部屋から持ち込んだようだ。
「ファルス=カン殿、紹介します。こちらは第3軍第二連隊連隊長のフォスター伯爵。
フォスター伯、彼らが噂の月の人ですぞ。」
「ほう。」
フォスター伯は視線を俺に、続いてレイチェルに向けた。
伯爵としての貴族然とした雰囲気よりも軍人としての色が濃い。
おそらく貴族としてより軍人として過ごした時間の方が長いのだろう。
「フォスター伯。お初にお目にかかります。私がファルス=カン。レギウス村の外政官を務めております。」
「レイチェル=バーンズです。」
「うむ。」
フォスター伯はテーブル上のカップに手を伸ばした。
俺たちに興味はないが、部屋を去る気もないようだ。
「ささ、お二人ともお掛けになってください。」
俺たちがソファに座ると、俺たちの前にもカップが置かれる。
紅茶の香りが漂う。
「さて、今日はどのようなお話ですかな。ファルス=カン殿。」
「はい、こちらから引き受けましたウの国の移民たちを我がレギウス村の村民として迎えて180日あまり。お蔭様で秋の収穫も無事に終わり、収穫祭も実施できましたので、そのご報告に上がりました。」
「そうですか。いやいや難民だった彼らを引き受けていただきました。私の方こそお礼を言わせていただきますよ。」
「ファルス=カン。」
フォスター伯から声が掛かった。
「はい、フォスター伯。」
「そちらの村人となったウの国からの避難民だが、10人程貸してくれないか。」
俺はフォスター伯を見た。
フォスター伯は地図上に視線を落としている。
「貸す、とは、どういったことでしょう。フォスター伯。」
「その通りの意味だ。」
多くは語らないタイプのようだ。
ブリント辺境伯は視線を落としている。
辺境伯と伯爵では辺境伯が格上のはずだが、この反応を見るにフォスター連隊長への畏怖があるのだろう。
「王都では今、ある噂話が囁かれております。」
俺の言葉にブリント辺境伯は視線を俺に戻したが、フォスター伯はそのままだ。
テーブル上の地図はおそらくこのブリント領とその周辺。すなわちウの国との国境地帯だろう。
「その内容は、内乱が収まったウの国がエの国の食料を求めて侵攻してくる。という内容です。」
「そ、そうですか。王都ではもう噂が広まっているのですね。」
「商人の間の噂話として聞きましたが、すぐに民へ広まりましょう。」
「ファルス=カン殿がいらっしゃったのも、その噂話を聞いてのことですか。」
「はい。フォスター伯がいらっしゃるのも、そういった理由ですね。」
「い、いえ。第3軍は南方の国境周辺が活動地域でして、フォスター伯の第二連隊は我が領地でしばらく活動していただけるという訳でして、」
「ブリント辺境伯。」
「い、いや。これは、少し話過ぎましたかな。」
フォスター伯は顔を上げ、視線を俺に向けた。
「ファルス=カン殿、返事は。」
「否、です。」
「ほう。」
「彼らは民間人です。軍人ではありません。その彼らをウの国への道案内として差し出す事はできません。」
「そうか。」
「それにエの国と我々レギウス村は通商上の親交条約は交わしましたが、軍人の貸与に関する条約は交わしておりません。ですので我々は友軍としてご協力することもできません。」
「ふむ、正式には、できないのだな。」
「そうです。」
「わかった。」
話は終わったようだ。
俺たちはブリント辺境伯とフォスター伯に退去の挨拶をし部屋を出た。
◇
「そうか、戦争になりそうなのか。」
レギウス村に戻った俺たちはマクレガー村長に報告した。
「明日の夕食後に会議の予定となっています。その場で全員に意見を聞きましょうか?」
「ああ、例のカルー少佐の城の調査の件だな。」
「そうです。」
「そうだな。全員の合議が我々の運営方針だ。それで良いだろう。
だがな、カン外政官。私としては現地人同士の争いには関わりたくないな。」
「そうですね。」
俺はエの国とウの国の戦争の可能性をレポートとして情報端末に入力すると全員が参照できるように情報公開した。
次回75話「国境の様子」
噂の真相は如何に?




