73話 カルー少佐の城
2日後。
連絡艇には使節団として、俺とクリスとリサの3人が乗り込んでいた。
今回は最初の訪問である為に少人数だ。
さらにマクレガー村長からの手紙も携えている。
俺たちから見るとおよそ300日前に別れたことになるが、彼、カルー少佐にしてみれば1万2千年以上前の話だ。
同じレギウス星人といえども警戒するだろう。
連絡艇はウの国の上空を南西に向って飛び、イの国との国境の山脈上空に到達した。
ブリント辺境伯の領地とレギウス村の人々の住んでいた村は、ここより東側にある。
山の中腹に3つの尖塔を持つ城がある。
山中には城に続く山道があった。
城まで300m程のところの草地に俺たちは降り立ち、連絡艇を上空に待機させた。
「道があるって事は、人が出入りしているって事ですよね。」
「そうだな。しかも草が生えていないな。」
城へ続く道は幅3m程の馬車が1台通れる固い土の道だ。
道路脇は森の木立が迫っている。
「まぁ、何らかの魔法を掛けて道を保持しているのじゃろう。行くぞ、ファルス、リサ。」
クリスが城へ向けて歩き出した。
俺とリサも続く。
俺は城の内部の検知を試したが、結果は探知不能と出た。
これは初めての経験だ。
俺は歩きながら二人にナノ通信で問い掛ける。
(クリス、リサ、聞こえるか?)
(聞こえるぞ、ファルス。)
(はい、聞こえます。)
(リサ、城の内部の検知ができるか?)
俺の問い掛けにリサとクリスが顔を見合わせる。
(できません。探知不能とでました。これは驚きですね。)
(ふーん、情報制限か。どうする、ファルス?)
(うぅむ。これがナノマシンへの制限だとすると、城の内部で魔法が使えない可能性もあるな。)
(危険度が上昇しましたね。もしもの時に飛んで逃げることも、遠見の窓も使えないですよ。)
(危ない時はこれの出番だな。)
俺は腰の剣を軽く叩く。
(体内ナノマシンへの影響が無ければ良いがな。ファルス。)
(そうですね。)
◇
城を囲む石塀は3m程の高さがある。
城門は閉ざされている。
高さ3m幅4mの木製の大扉だ。
その横に通常の大きさの木の扉が1枚ある。
どうやら人の出入りにはこちらの扉を使うようだ。
しかし、こちらの扉も閉ざされている。
扉の上方には覗き窓らしき羽目板があり、中央には金属製の金具、ドアノッカーが付いていた。
俺はドアノッカーに手を伸ばし、クリスを振り返ると、クリスが頷き返す。
カンカンカン
カンカンカン
俺がドアノッカーを3度叩くと甲高い音がした。
直ぐに城の内部からも同様の音が小さく聞こえてくる。
どうやらドアノッカーに通信の魔道具が仕込まれていて、城内に音が届く仕組みのようだ。
クルックゥ、クルックゥ
クルックゥ、クックルゥルゥ
森の木立にいる白い羽の鳥達が、俺たちを見て鳴いている。
まさか、あれが見張りではないだろうな。
しばらくすると足音が近付いて来て、扉の羽目板が横にずらされた。
男の目が見える。
「はい、何用でございますかな。」
「私の名はファルス=カン。月の人だ。こちらの城の主に面会を申し込みたいのだが。」
「少々お待ちくださいませ。」
羽目板が戻され、次いで閂がはずされる音がする。
扉が内側に開き、一人の男が立っている。
年齢は45歳ぐらい、がっしりとした体形をしている。
茶色の上下の服を着ているが、フォース族ではない。
頭部の両側に特徴的な巻き角が生えている。
彼は両手をやや広げて歓迎のあいさつをしてきた。
「ようこそいらっしゃいました。ファルス=カン殿。
皆様月の人については我が主より申し受けております。
ご案内いたしますので、こちらへどうぞ。」
俺たち3人は出入り口を通り城内に招き入れられた。
前庭を通り、正面扉へと案内される。
検知を試すと城内の様子が検知できた。
目の前の男以外に9人の人間が城内にいる。
どうやら外部からの検知妨害が施されているだけのようだ。
(クリス、リサ、聞こえるか?)
(聞こえるぞ、ファルス。)
(はい、聞こえます。)
(どうやら内部は魔法が使えるようだな。)
(そうですね。)
(ファルス、メティスとは繋がらないぞ。)
なるほど、外部と内部で分断しているのか。
5番艦周辺にあった動物の侵入防止フィールドを思い出した。
ここはあれより強力なフィールドで覆われているらしい。
という事は飛んで逃げることはできないかな。
(そうか。まずは案内してもらえる様なので、このまま付いて行く。)
(了解。)
正面扉を通り、玄関ホール脇の応接室らしき部屋に通される。
3人掛けの長椅子と1人用の椅子が2脚、テーブルを挟んで置かれている。
床には赤色の絨毯が敷かれている。
俺たちは3人掛けの長椅子に座った。
「こちらで少々お待ちください。」
そう言って案内してきた男は部屋を出て行く。
「さて、どうなるかな。」
俺は左腕の情報パネルを確認した。
こちらはカッシーニ81と接続状態だ。
「ファルス、少し狭いぞ。」
長椅子は大きめに作られているが俺とリサがパワードスーツを着ているため、真ん中に座ったクリスは少々窮屈そうだ。
「多分、向こうは1人ですよね。」
リサが立ち上がって背嚢と剣を絨毯の上に置くと、1人用椅子を持ち上げ配置をずらす。
「カン外政官はこちらに座ってください。長椅子も少し動かしますから立ってください。」
リサとクリスによって椅子の配置が換えられた。
1人用椅子がテーブルを挟んで向かい合う。
長椅子はその横だ。
「うむ、これなら良いな。」
クリスはゆったりと長椅子の入口側に座る。リサは俺の横に位置するように座った。
コンコン
「失礼します。」
先程の案内役の男ともう一人の男が部屋に入ってきた。
「当城の留守居役を務めております、エルナンデスと申します。
留守のカルー様に代わり皆様のお話を伺わせていただきます。」
エルナンデスはフォース族だ。30歳から35歳、俺と同じような歳頃に見える。
カルー少佐は城では本名で呼ばせているようだ。
アバンテ男爵の名はエの国用の偽名だという事だな。
案内役の男と揃いの茶色の服を着ている。
案内役の男はテーブルにカップを並べ、紅茶を入れた後はエルナンデスの後方に控えた。
「改めて、私はファルス=カン。月の人です。今はレギウス村の外政官を任されています。
こちらはリサ=メンフィスとクリスティン=サワー。同じく外政官を務めています。
我々は先日のレギウス村での収穫祭の折に、こちらのカルー氏より手紙を受け取りました。
本日はそのお返事の手紙をお届けにきました。」
リサがマクレガー村長から預かった手紙をテーブルに載せる。
手紙の内容は、我々の現状を簡単に説明し、オの都のレギウス邸か王都ミラルダのレギウスの館での直接会談の申し入れだ。
「かしこまりました。こちらは私共でお預かりいたしまして、カルーに届けさせていただきます。」
エルナンデスが手紙を手元に引き寄せる。
「できれば早急に主殿に見ていただきたいのじゃが、主殿は何時頃お戻りになるご予定かな?」
クリスが問いかける。
「申し訳ございません。詳しい日程は私共にも判りかねます。」
「ふむ、遠方にお出かけか。」
「はい。」
カルー少佐がオの都にいたとすれば、オの都の収穫祭からは7日しか経っていない。
オールドマッケイ楽団がレギウス村に来ることが決まってすぐに行動したとしても13日程度だ。
この城まではまだ辿り着けないだろう。
「では、我々はこれでお暇しよう。」
表向きの用事は手紙を渡すだけだ。長居する理由が無い。
「少々お待ちください。」
エルナンデスが懐から封書を取り出した。
「先日、カルーより皆様が来訪された時にお渡しするように、と預かっておりました。」
テーブルの上に置かれた封書を手に取る。
中に何か入っているな。
俺はリサに手渡し、彼女はそれを背嚢に入れた。
俺たち3人は案内役の男に城門まで案内された。
先にリサが出入口をくぐり外へ出た。
(リサ、聞こえるか?)
返事は無かった。
扉は開いていても外部と内部で切り離されているようだ。
俺も出入口をくぐり、振り返って案内役の男に挨拶をしてから道を歩きだした。
「リサ、メティスに連絡艇の迎えを依頼してくれ。」
「了解。」
俺たちは連絡艇に乗り込み、レギウス村への帰途に就いた。
◇
「ふー、これに乗ればもう盗聴の心配はないな。話しても大丈夫であろう、ファルス。」
「ああ、リサ、偵察機の接続はどうだ。」
「メティスに確認しました。3機とも接続状態は良好です。」
今回の裏の目的。城内への偵察機3機の侵入も成功のようだ。
「でも、城に人が住んでいるとは思わなかったですね。」
「こちらが思っているよりも奴はあの城を利用しているようじゃな。ファルス。」
「そうだな。しかし、リサが椅子を動かし始めた時は驚いたぞ。」
「あははは、背嚢から偵察機を取り出す動作を隠す為ですよ。部屋にカメラが付いている想定ですからね。」
今回の偵察機は生産部第二班からの提供だ。
手の平サイズの薄型8本脚型偵察ロボット。
バッテリー、通信機、カメラ、集音器を備えている。
さらに、上面外装をモニター化し足元の映像を映し出す簡易迷彩機能を装備している。
これを城内に放つ事で城の内部情報を得るのが目的だ。
城が無人であれば、手紙を正面玄関扉下に入れ、この偵察機を放って建物内への侵入路を探させるところからメティスにお願いする予定だった。
「3機は既に城内に散って情報収集活動を開始しています。」
「しかし、ナノ通信は封じられていたのに、通常通信電波には無用心とは。ファルス、これはサイモンの予想通り、ということじゃな。」
「そのようだな。サイモンはステフ達の同期だろう。リサはあまりかまってやっていないようだが。」
「あははは、いやぁ、ちょっとタイプが違うというか。話にくいんですよね。
あっ、でも、話はできるんですよ。研究熱心で魔道具に描かれた模様の解析とかしてもらってますし。」
実は、俺もあまり会話をした記憶がない。
サイモン=ロバーツ二等兵はステフ達と同期の18歳、旧レギウス歴では19歳だ。
少し小柄で大人しいタイプの彼は今回ある仮説を立てた。
「カルー達は生物研究者であって技術者ではない。さらにナノマシンによる魔法に1万年以上頼っている。現地人の文明レベルも低い。もしかすると、魔法への対策は講じていても科学技術に対する対策はしていないのではないか。」
それで作成されたのが今回の偵察機だ。
本来であれば対レーダー吸収塗装や赤外線対策放熱装備などの隠密性と生存性を高めるための機器が多数装備される。
そもそもが宇宙空間での独立単独活動が前提となる設計思想だ。
それらを一切考慮せず、人の目と耳だけを欺く最低限の装備とメティスによる通信制御を前提としたことで超小型化を実現した。
今回の活動後には、なんとか回収してやろう。
「それで、ファルス。渡された封書になんと書かれているのか、確認しないのか。」
「ああ、あれか。」
「はい、こちらですよ。」
リサから封書を手渡される。
「中に何か入っているんだよな。」
封を切り取り出す。
「メモリーチップのようだな。他には入っていない。」
「メモリーチップなら、ここのモニターにもスロットがあるぞ。ファルス。」
「メティス、これから船室モニターにメモリーチップを挿し込む。不正動作に備えてくれ。」
『了解。カン外政官。』
俺はモニター横の挿し込み口にメモリーチップを挿し込んだ。
◇
「レギウス軍の皆さん、こんにちわ。いえ、お久し振り、と言うべきかしら。」
モニターに女性が映り、音声が流れた。
金髪碧眼の美しい顔立ちの女性だ。
複雑な模様が編み込まれた白い服を着ている。
椅子に腰掛けて話しているようだが、背景には白い壁が映っているだけだ。
「私の名前はミリア、ミリア=エッシェンバッハ。ふふっ。この名を名乗るのも久し振りね。階級は中尉だったわね。
さて、レギウス軍の皆さん。まずはお礼を言わせていただくわね。
先日、城の地下にお客様が辿り着いた、と連絡が来て、驚いたわ。
まぁ、その件についてはカルーに任せているので、正直、無関心だったの。
でもね。地下の部屋に辿り着いたのがレギウス軍の軍人だと聞いて、がぜん興味が沸いたわ。
だって、何年?12400年以上経っているのよ。
最初はレギウス本星から来たのかと思ったけれど、カルーが言うには私たちを送り届けた輸送艦隊の生き残りの方達だって言うじゃない。
本当に驚いたわ。
ふふふ、退屈な日常に与えられた刺激。それを与えてくれた事に感謝するわね。
私、少しあなた達に興味が沸いたわ。
あ、カルーはすごーく興味があるみたいよ。"時を越えた影響が身体にどのような変化を与えているのか。"、なんて言っていたわね。
んーー、でもね。私はあなた達に直接的な興味はないのよ。
だって、任務が一緒だっただけだし、会って話すことも無いでしょ。
でも、あなた達がこれから成すことには、少し注意しておくわね。
だって、このメッセージを聞いているって事は、別の大陸に渡って、また城の地下まで降りてきた訳でしょう。
一体なんの為なのかしらね。
ふふふ、できればあなた達も私が作ったこの世界で楽しく過ごしてくれたら、うれしいわ。
じゃあね。」
最後に彼女は笑顔で手を振って映像を終えた。
『映像は以上です。カン外政官。』
「わかった。この映像は緊急報告として直ちに全員に公開してくれ。」
『了解。』
「メティス、この映像の作成日時は判るか。俺たちが城の地下に行った日も教えてくれ。」
『はい。カン外政官以下4名がレギウス山脈の城で調査活動を行ったのは13488年431日です。
今の映像の作成日時は同年433日0時0分となっております。』
「2日後か。ありがとう、メティス。」
『はい。カン外政官。』
「ファルス。」
クリスの呼びかけに、彼女の顔を見る。
「あれは、ミリア中尉か。いや、顔立ちは資料の彼女に似ていたが。」
「そうか?金髪碧眼で資料の顔のままだったと思うぞ。今でも当時のまま、という事の方が驚きだが。」
「えっ、金髪碧眼?いや、彼女は白髪金瞳じゃったぞ。ファルス。」
「何!?」
「リサ、リサは彼女の顔を、リサ?」
リサの顔を見ると、彼女は怯えていた。
「わ、わたしは、何も見てません。何も。」
これは、一体どうしたことなのか。
リサは、レギウス村に戻るまで個人ポッドに入り、到着するまで、出てこなかった。
■■■
ナノリサ!
あれ、あれはなに?
人の形をした、黒いもやの塊。
黒い穴が二つ、蠢く穴が一つ。
あれは顔なの?。
耳ではなく、心に、直接触る声。
ファルスさんは、あれをミリア中尉と認識した。
顔を見ている。
クリスも見た。
でも、二人の見た顔は違う。
私は、顔を見ていない。
私が見たもの。
黒いもや。
あれは、何?
中級管理者。
あれが、中級管理者なの!?あの姿が。
クールダウン、そう、こんな時こそ、クールダウンよ。
ふう。
あれは、もう肉体を持たない。
ナノマシンの集合体。
そう、それが、あの黒いもやの正体なのね。
あっ、思い出したら、まだちょっと怖いです。
つまり、あれよね。ナノマシンの集合体が、彼女、ミリア中尉の人格で活動しているのよね。
それって、それって、ナノリサと同じ?
メティスやナンドゥールや天使セリーヌは?
そう、あなた達は擬似人格で、彼女は、本物なのね。
そう。
その違いって何なの?
次回74話「戦争の噂」
祭りの準備の中に流れるキナ臭い噂話。気になります。




