57話 12年前
レイチェルがリアジン村長たちに声を掛け、温かいお茶を振る舞った。
俺たちはレイチェルが用意した切株の椅子に腰かけ、話を続ける。
「25年ぐらい前に、王都の学者先生たちが来ましてね。この山から鉱石が出るらしい、って言うんですよ。何でもオの国側ではもう掘り始めているって、ね。」
リアジン村長は手を大きく振りながら話をしていく。
「それからですよ、どこから来たか分からないような連中が山の麓、あの崩れた辺りですよ、あそこに集落を作って山を掘り始めましてね。
領主様も、それまでは畑起こしや刈り入れの時には畑にお越しくださっていたのに、すっかり山の方が気になられて。
しかも王都にも頻繁に通いましてね。
かわいがっていた姫様も王都の貴族にお嫁に出されてしまって。
でも最初は良かったんですよ。掘れば鉱石が出たって言って。
荷馬車も毎日、列を作るし、集落も大きくなる。
この村も多少は潤いましたよ。
でもね、14、5年前からかなぁ、川の水が黒く濁り始めたんですよ。」
「川、ですか。」
「そうです。川。今はもうありません。
この崩れてしまったダレク山から湧き出ていたセリア川です。綺麗な小さな川でした。
15年ぐらい前から鉱石が取れなくなったんですよ。掘っても黒い砂ばかりで。
集落の連中は、それを川に捨てましてね。
汚れた身体を洗い、道具も洗いました。
お蔭で川は真っ黒ですよ。
それでも王都からは、掘れ、掘れ、鉱石を見つけろ!って言われるらしいんですよ。
王都から来たなんとかいう子爵様が指揮してたんですがね。」
リアジン村長は、ふぅー、と一息ついた。
そして落ち着いたのか静かに話を続けた。
「私たちは川が汚れたのが我慢ならなかったんですよ。
何度も何度も、その子爵様に言ったんですよ。川を汚さないでくれ、って。
黒い砂を川に捨てないでくれ、ってね。
そしたら領主様も一緒に言ってくれたんですよ。
それで、やっと川には捨てない、って約束してくれたんです。
でもね。その子爵様は川を堰き止めてしまったんですよ。
自分たちの集落用の水だ、って言ってね。
無茶ですよ。
山から湧き出ていた水は堰き止められた事で山に溜まりますよ。
そして雨が降りました。夏の終わりに振る長く激しい雨です。
それで山は崩れて、溢れ出た水で畑は駄目になりました。」
「その時はたくさんの人が犠牲になったのですか?」
レイチェルが静かに悲しげな声で聞いた。
「見つかった人が94人ですね。私たちが見つけて弔ってやりましたよ。何人かは見つかりませんでした。まだ、あの下にいますよ。」
はぁー、と息を吐いたリアジン村長はお茶を一口飲んで話しを続けた。
「我々も怒りましたが、領主様も大層お怒りでしてね。
すぐに王都に行かれてこの惨状を陛下にお伝えする、と。
しかし、一向に王都からの助けは来ないまま8年も過ぎた4年前ですか、領主様が久し振りに村にお越しになりましてね。ここの畑を見ながら私どもに言ったんですよ。
”我が領土を汚したオの国の連中に報復してやる。皆の協力が必要だ。”ってね。
おかしいなぁ、って思いましたよ。なんでオの国の連中が出てくるのか。原因はセリア川を堰き止めておっちんじまった子爵様でしょ。鉱石がなくなっても掘り続けさせた王都の連中じゃないですか。
その訳の分からない話で我々の協力は増税ですよ。ここ3年で村の若いもんは皆、余所へ行ってますよ。」
リアジン村長が綺麗になった畑を見渡す。
「綺麗にしてもらって感謝はしてます。とてもありがたいことです。
でもねぇ、あんたらが来てくれるのが10年、いや1年でも2年でも早かったらって勝手な事も思ってしまいますね。」
リアジン村長たちは2度、3度と頭を下げつつ帰っていった。
◇
「どう思う?カン少佐。」
「今の話が真実だとすると、ザーリ辺境伯は王都で洗脳されたんでしょうか?」
「ふむ、洗脳と言うと語弊があるかもしれんが、そうだな、誰かに都合の良い話を聞かされ、それを信じてしまった、というところかな。」
「モラス候が鉱石がらみの利権を握っていて、最初から絡んでいるかもしれませんね。
ザーリ辺境伯は王都へ行き、国王陛下に訴える予定がモラス候によって足止めされたのか。」
「そこでモラス候の派閥に取り込まれた。ありそうな話だな、カン少佐。」
「でもぉ、オの国を巻き込んだのは何ででしょうねぇ?」
「そうだな。亡くなった子爵様がらみか?」
「うむ。先程の話ではその子爵様が川を堰き止めたのが原因。
さらにその原因は鉱山側と農民の対立だな。
その子爵様がモラス候の派閥の者だとすると身内の者の責任となる。
オの国という敵を作り出し、山の崩壊の理由を作り出し、ザーリ辺境伯に信じ込ませたか。」
「だとすると、オの国とアの国を開戦させる目論見は、目的ではないのでしょうか。」
「ううむ、しかし、人と金が動いているな。」
「金の出所はここの増税分ですね。人に関しては、オの国にいるオーリウス伯の手の者と使節団の5人と連れの者。
誘拐事件の実行犯はオの国の第一連隊です。」
「情報戦で敵を味方にし、味方の人的損耗と支出を最小限にしたか。本当ならば、かなりの手腕だぞ。」
「そうですね。」
「うーん、そこまでして責任を回避してもらったぁ、その亡くなった子爵様ってぇ、誰なんでしょうかねぇ?」
俺とマクレガー大佐は顔を見合わせた。
「うむ。それは私がザーリ辺境伯から聞き出す事にしよう。」
「では私は邪魔な子爵様たちのお相手をします。」
◇
朝食を食べ終えるとザーリ辺境伯の館から使いの者が来たので、作業終了を伝えた。
二人は俺の言葉と周囲の畑の状況を見て急いで館へと戻っていった。
やがて2台の馬車に乗ってザーリ辺境伯とアラン子爵達がやってきた。
「おお、素晴らしい。畑が、土が蘇っている!」
馬車から顔を出して畑の様子を見ていたザーリ辺境伯は、馬車が止まるなり飛び出して来た。
そのまま畑に入り土を手に取る。
マクレガー大佐が近寄り声を掛ける。
アラン子爵達も馬車から降りて来て畑の様子を見ている。
こちらは俺とレイチェルが相手をする。
「素晴らしい。見事ですよ、カン殿。」
「ありがとうございます。」
「ここは、本当に昨日見た畑か?」
「早すぎる。綺麗な土を被せただけではないのか?」
「場所は間違っていない。私は幼少の頃よりこの地を知っているからな。畑の状態は・・・。」
ベレッタ子爵、ブカン男爵の疑問に答えたアラン子爵が俺の顔を見る。
それを受けて俺はレイチェルに合図した。
「土壁浮上!」
レイチェルが言うと目の前の畑から幅3m高さ1m厚さ50cmの土の壁が地面よりせり上がってきた。
いつもの土壁と違い地面の中をそのまま切り出している。
恐らくこの壁の下は空洞になっているのだろう。
「はい、この様に畑の下の地面は綺麗な土だけで構成されていますぅ。さらに地下の土は地下水を含んだ黒土ですぅ。」
レイチェルはそう説明して一同の顔を確認すると、土の壁を元に戻した。
「お分かりいただけましたか?」
俺は子爵達に多少意地悪な確認をした。
彼らは土の確認どころか、今の状況が信じられないようだ。
彼らも魔法は扱うし、目にもしているだろうが、それは魔道具を使った光や火や水出し程度の物だろう。
そういえば、マクレガー大佐のパフォーマンスの他は、俺たちが空を飛べる事ぐらいしか見せてなかったか。
「あ、ああ。さすがは月の人だ、な。」
ベレッタ子爵が答えた。
「では、この後は王都に向かい国王陛下にご報告ですね。
王都へは我々の連絡艇で2時間程で到着すると思います。」
3人は顔を見合わせ、ベレッタ子爵が俺に説明を始めた。
「カン殿、貴殿らの此度の働きは称賛に値する物だ。この功績は我々から国王陛下にご報告申し上げる。
貴殿らには我々からご連絡いたすので、お待ちいただきたい。」
「つまり、我々は国王陛下にお会いできない、と。」
「カン殿、国王陛下はご多忙の身であらせられる。
我々も直接はお会いできないのだ。
まずはモラス候にお会いして、今回の使節団の成果ご報告と、ザーリ領の農地が回復した事をお伝えせねばならんのだ。」
「モラス候?確かウの国の避難民の相談を受けた方ですね。その方が今回の件も。」
「そうだ。モラス候の元には国中の貴族たちが相談に訪れる。ザーリ辺境伯もな。
相談を受けたモラス候は解決策を伝授し我々を使って問題を解決する。偉大なお方なのだ。
そうだ、カン殿の言われていた避難民を移民として受け入れる件もお伝えしなければな。」
「では、我々月の人がザーリ領の問題解決に尽力した見返りに移民を欲していると、モラス候にお伝えください。」
「うむ。伝えよう。」
「ところで、アラン子爵。ここには川があった、と以前話されていましたね。」
「そうです。セリア川がありましたが、鉱山の崩落で川も埋まってしまったと聞いております。」
オの国で聞いた時は汚染された川は元に戻ったと話していたが、勘違いだったか。
「アラン子爵は崩落の時はこちらにいらっしゃったのですか?」
「いえ、それ以前より私は王都の学校に居ましたので、後に父より事故の事を聞きました。
私の領地はザーリ領の東隣にありまして、父が親しくしていただいてますので、私も幼少の頃にこちらに度々来ていたんです。
子供の頃はよく遊んでいただきました。セリア川で一緒に水遊びなど・・・。」
アラン子爵はそこで言葉を切って、考え込むような顔をした。
「それで、今回の使節団に参加されたのですね。」
「えっ、ええ、はい、モラス候のパーティーに参加させていただいた折にザーリ辺境伯と数年ぶりに再会しまして、その時にこの事故がオの国の仕業と聞き、我が心中に怒りが目覚めたのです。」
「いや、さすがはアラン子爵、立派な御心をお持ちですな。」
ブカン男爵が追従する。
「そうでしたか、ではこの鉱山の監督役だった子爵様はご存じありませんか?」
「鉱山の監督役?」
「はい、鉱山で働く人達の集落のまとめ役で、作業の指示をされていたとか、残念な事に崩落事故の際にお亡くなりになったそうですが。」
「いや、私はそれは知らないな。貴殿らは知っておるか?」
アラン子爵がベレッタ子爵とブカン男爵に聞くが二人とも知らないようだ。
「子爵まで亡くなられていたとは。」
「なぜ我々に知らされていないのでしょうか?」
「いや、カン殿、あなたはそれを何処で?」
ベレッタ子爵が俺に確認する。
「ここの農民からです。子爵様が亡くなられたとお聞きしたんですが、鉱山の子爵様としか覚えておらず、お名前が不明でしたので。」
「そうか。」
「ぐぅうぅぅ。」
その時、くぐもった声が聞こえてきた。振り向くとザーリ辺境伯が頭を抱えて蹲っている。
(レイチェル君、魔石を渡してくれ。)
マクレガー大佐がナノ通信で伝えてくる。
レイチェルは走りながら背嚢から魔石を取り出す。
マクレガー大佐は腰から短剣を抜くと、ザーリ辺境伯の左腕を取り、袖を切り裂いた。
「マクレガー村長殿、一体なにを!」
気付いたベレッタ子爵が近付こうとするが、俺が前に廻り込む。
「ザーリ辺境伯が身体の不調を訴えられている。素早い処置が必要ですので、終わるまでお待ちください。」
魔石を受け取ったマクレガー大佐はザーリ辺境伯の左腕に短剣で切り傷を付けると、レイチェルにザーリ辺境伯の左腕を持つ様に言う。
マクレガー大佐は自分の右腕の健康パネルから接続コードを引っ張り出すと、その先を魔石に近付け、それをザーリ辺境伯の傷口の上にかざした。
「天使セリーヌ様のご加護を!」
マクレガー大佐が口にすると同時に魔石が細かく砕け、ザーリ辺境伯の傷口周辺に降り注ぐ。
「カン殿、天使セリーヌ様とは一体?」
「アラン子爵、天使セリーヌは我々の健康を加護する者です。」
「では、マクレガー村長は神官の心得もお持ちか。」
マクレガー大佐が、これで大丈夫、と言ったので、皆がザーリ辺境伯の周囲に集まった。
ザーリ辺境伯の左腕の傷口は塞がっており、流血の跡も消えている。
「お屋敷にお連れして、お休みいただこう。」
「それが良い。私がお連れしよう。」
アラン子爵がザーリ辺境伯の肩を支えようと身体を寄せる。
その時、ザーリ辺境伯の口から言葉が漏れた。
「サーシャ・・・。」
「サーシャ?サーシャ・・・サーシャ姫姉様!ぐぅぅ。」
アラン子爵もザーリ辺境伯同様に頭を押さえて蹲ってしまった。
レイチェルが魔石をマクレガー大佐に渡し、ザーリ辺境伯同様の処置を行う。
御者にも手伝ってもらい、二人を馬車に乗せて館に戻ってもらった。
次回58話「アバンテ男爵」
えっ?誰?




