58話 アバンテ男爵
ザーリ辺境伯らを送り出し、俺たちは後程伺うと言って畑に残った。
「大佐、なにが?」
「うむ。ザーリ辺境伯に鉱山関連の事を聞いていたんだ。天使セリーヌ様のサポートによる誘導だったんだが、子爵の名前を言った後に苦しみだしてな。」
「アラン子爵に囁いた、サーシャ、という名前ですか?」
「いいや、ブライミー子爵と言ったな。それにアラン子爵はサーシャ姫姉様と言っておったぞ。」
「サーシャ姫って、ザーリ辺境伯の娘さんでは?ほら、村長さんが言ってましたよぉ、姫様が王都に嫁がれた、って。」
「それで、なぜ頭痛が起きるんだ?」
「うむ、天使セリーヌ様は即座に記憶操作による意識障害と診断された。
そこで魔石内のナノマシンに私の健康パネル経由で命令を伝え、ザーリ辺境伯の体内に侵入させたのだ。
アラン子爵も同様にな。」
「そうでしたか。」
天使セリーヌにそれ程の機能があるのか!?
マクレガー大佐は、当然の様に受け止めているが。
「ブライミー子爵とサーシャ姫が記憶操作に関係してるんですねぇ。」
「それで、二人はどれくらいで目覚めますか?」
「30分程で終わるそうだ。狙いが分かっているので簡単だとおっしゃっている。」
「では、我々も屋敷へ向かいますか。」
「うむ、連絡艇で行こう。」
◇
連絡艇でザーリ辺境伯の館の庭に降り立ったが、ザーリ辺境伯の馬車はまだ着いていなかった。
あの畑から屋敷までは馬車で20分ぐらいか。
館の入口で待たせてもらい、馬車を待つ。
マクレガー大佐は、二人は既に覚醒した、と教えてくれた。。
馬車が到着し、俺たちから話を聞いていた家人たちがザーリ辺境伯とアラン子爵を広間の長椅子に横たえる。
部屋にお連れしないのか、とベレッタ子爵が言うが、マクレガー大佐のすぐに目が覚める、との言葉で黙った。
10分後に二人は同時に目を覚ました。
「天使セリーヌ様、お導きいただき感謝します。」
「天使セリ―ヌ様、我が魂に平安をお与えくださいませ。」
二人の目覚めの第一声がこれである。天使セリーヌは何をしたんだ。
◇
「我々は騙されていた!憎むべきはオの国では無い!」
「その通りです、ザーリ辺境伯。モラス候は何という罪を我々に押し付けたのだ!」
目を覚ました二人はベレッタ子爵とブカン男爵に向かって大声を張り上げた。
「な、何を言っておられるのだ、ザーリ辺境伯。」
「アラン子爵、どうされたのだ一体。」
その後はザーリ辺境伯とアラン子爵からの説明が続く。
領内のダレク山が鉱山である事を知らされた若き日のザーリ辺境伯は王都に行き、有力貴族との関係作りに奔走した。
その動きに近寄ってきたのがモラス候だ。
モラス候も当時は父親からの代替わりで自身の力を付けたい頃であり、鉱山の利権を手に入れたかった。
学者グループをザーリ領に派遣させたのも彼である。
ザーリ辺境伯は娘のサーシャをモラス候の三男に嫁がせ関係を強固な物にした。
この三男がブライミー子爵である。
だが、このブライミー子爵はモラス候の実子では無かった。
病死した姉の子を引き取り養子としたらしい。
そして、ブライミー子爵はザーリ領の鉱山の監督として派遣され、鉱山崩落の事故を起こす。
ザーリ辺境伯もブライミー子爵がろくでもない奴だとは分かっていたらしい。
そんな男に娘のサーシャを奪われた上に、領地の畑まで駄目にされた。
王都へ行き、モラス候に責任を取らせ、娘サーシャを連れ帰るつもりのザーリ辺境伯であったが、ここで罠に掛かる。
モラス候の側近の一人、アバンテ男爵による催眠術によって、すべての原因がオの国のディエゴ=チェイン国王であると信じ込まされたのだ。
「アバンテ男爵?我々と一緒に使節団に居た、あのアバンテ男爵か?」
ブカン男爵が訊く。
盗賊どもに捕まった時に一人の男爵が亡くなっている。それがアバンテ男爵だ。
「そうです。彼が催眠術師で、長く我々二人の傍に居て催眠術を掛けていたのです。」
アラン子爵が話し始めた。
「私は王都の学校を出た後、王都の領民管理局主任補佐に任じられました。
学生の頃に友誼を持った知人の紹介でモラス候のパーティーに招かれ、ザーリ辺境伯と再会したのです。
再会を喜び、近況をお話し、私がサーシャ姫姉様の事を尋ねると、なんとザーリ辺境伯はご自身の一人娘のサーシャ様を知らない、と言うのです。
そんな事があるものですか。
私がさらに詰め寄るとザーリ辺境伯は先ほどの様に頭を押さえて苦しみだしました。
その様子を見てすぐに駆け付けたのがアバンテ男爵です。
そして、ザーリ辺境伯と私は別室に連れ込まれました。
その後、私は複数の男たちにザーリ辺境伯との関係を聞かれ、最後にアバンテ男爵が私の所に来ました。
奴は私に言いました”ザーリ領の鉱山崩落事故を知っているか?”と。
私は父から聞いていましたから”知っている。”と答えました。
アバンテ男爵は後ろを振り返りました。
そこに、あの男、モラス候がいたのです。
モラス候はうなずきました。
そして、アバンテ男爵は私に催眠術を掛けたのです。
ザーリ領の鉱山崩落事故はオの国のディエゴ=チェイン国王の企みであり、事故を知ったサーシャ姫はその事を知って自害した、と。
その復讐の為にオの国のアビー姫を誘拐し、ディエゴ=チェイン国王に同じ苦しみを与えねばならない、と。
私は、私は、信じ込まされたのです。」
「サーシャは、私のサーシャは、生きてはいないのか?」
ザーリ辺境伯は椅子に身を沈め涙を流した。
アラン子爵も頭を抱えて泣いている。
◇
少し席をはずそう、という事になり俺たちとベレッタ子爵たちはそれぞれ別室に案内された。
俺たちはザーリ辺境伯とアラン子爵の訴えをレギウス村の皆にも聞いてもらった。
ホークとパメラは村に来た神官たちと打ち合わせ中だったので、クリスとリサの二人だ。
(ファルス、この情報を持ってオの国へ行く。証拠が必要だとすれば急いでオーリウス伯の館を押さえるべきだ。)
(でも、あの事件から60日以上経ってますよ。証拠ありますか?)
(リサ!アビー姫の為だ。無くても探すんだ。)
どうやらクリスもアビー姫には親身な様だな。
(それもあるが、このアバンテ男爵の催眠術が気になる。記憶操作まで可能にする催眠術だぞ。)
(ふむ。この様な能力を持ち出されると、あらゆる可能性が出てくるな。
オの国の王妃、王子、第一連隊、誰が騙され、誰が催眠術によって操られていたのか。)
(でもですよぉ、使節団としてザーリ辺境伯に付いて来て、繰り返し催眠術を掛けていたって、お話しですからぁ、だんだん効果は薄れるみたいですねぇ。)
(もし、王妃が催眠術に掛けられていたのならば、隠棲先で正気を取り戻しているか?)
(ファルス、それだ。それも確認させよう。)
(クリス、意気込み過ぎだ。冷静にならんと。)
(ああ、そうだな。でも、そいつは山賊に殺られた。もう心配する必要はないな。ファルス。)
(まぁ、同様の催眠術師がエの国に居なければ、だが。)
ん?待てよ。
(クリス。アバンテ男爵の死体だが、確認したか?)
(えっ、検知した限りでは死んでいたぞ。)
(そうだな、俺も検知した。12人の反応に12人の生存者。死体が3体だ。)
(そうだ。)
(私も12人を確認しましたよぉ。死体は目にしてませんけどぉ。)
(なぁ、俺たちはその死体を放置してきたな。)
(・・・そうだ。埋めなかった。)
(アラン子爵達もぉ、アバンテ男爵の死体には何も言いませんでしたねぇ。遺品の持ち帰りもしていませんねぇ。)
(ううむ、カン少佐。それでは、まるで、)
(急いで死体を確認する必要があります。アバンテ男爵が本当に死んでいるのか。)
(しかし、ファルス。私たちは魔法で検知したんだぞ。つまりナノマシンによる情報だ。それも騙せるのか?)
(分からん。検知した結果は13人で、それを12人と思い込んだのかもしれない。
いや、そもそもこの考え自体が間違っていてアバンテ男爵は死んでいるかもしれない。)
(やれやれ、やっかいな能力だな。カン少佐、すぐに行けるのか?)
(レイチェル、あの山小屋に遠見の窓は開くか?)
(ええ、多分。)
(待て、レイチェル。うちも行く。一度こっちへ来てくれ。)
(あっ、私も行きます。)
レイチェルがカッシーニ81への遠見の窓を開けた。
「大佐。」
「ああ、私はここで待っているよ。」
「すみません。行ってきます。」
◇
クリスとリサと合流し、4人で山賊の山小屋に行った。
検知をするが周囲に人間の反応は無い。
いや、後方に一人、虫の息だ。どうやら奴隷商人は来なかったか、発見されなかった様だ。
俺たちは小屋の横の穴に近寄る。
強烈な腐臭が漂っている。
穴の中には死体が2人分。
使用人の2人だ。
獣に食べられたようで、腕や足が散乱している。
男爵の死体は無かった。
「ファルス、これは。」
「待て、メティスにあの時の映像を再生してもらう。」
俺はメティスにあの時の映像を情報パネルに映してもらった。
全員が情報パネルの映像を確認する。
盗賊一人を前に小屋に接近する。
小屋が見えて、盗賊を木に縛り付ける。
空地に近付き地面に置かれた板をずらす。
穴を覆っていた板を複数枚吹き飛ばし、アラン子爵達を視認する。
この時点で穴の床には3人の死体が横たわっている。
その後、俺は穴には降りずにアラン子爵達を空地に引き上げた。
続いてクリスの映像も確認するが、俺の後ろに位置している。
俺が板を吹き飛ばした後、床の死体を確認している。
その後に穴に入り、生き残った彼らの手足に付けられた鎖を切断して上へと導いている。
この時に倒れている死体には触っていない。
俺たちが遠見の窓でここを去るまで死体は動いていない。
「どういうことだ?」
俺はクリス達を見た。
「ううん。この映像が正しいとすれば、アバンテ男爵の死体は確かにありますね。
でも今は無いです。生き返った?」
「催眠術師で生き返りもありか?」
「でもぉ、催眠術師だけの能力でぇ、この状況を説明するとぉ、私たちもぉ術に掛けられたぁ?
つまりぃ、動きもしないでぇ離れた相手を術に掛けられるぅ?」
「レイチェル、自分の言ってる事が自分で信じられないのだろう。」
「でもクリス。そんな力あるのかしらぁ?」
「ここの連中の魔法能力は魔道具頼りと思っていたが、我々以上の魔法使いがいそうじゃないか?ファルス。」
「ここの連中か?」
「なに?」
「アバンテ男爵の立場で考えてみよう。
山賊に捕まり、この穴で過ごしていた。
奴の能力があれば山賊を術に掛けてすぐに逃げ出す事も可能だろうが、なぜかそれはしていない。
アラン子爵は、アバンテ男爵と使用人2人は体調不良で苦しんでいたから山賊の男に刺されて死んだ、と言っていた。
使用人の2人はそうだろう。
だがアバンテ男爵は違う。何日も死体として転がっていてもメリットは無い。
だが、俺たちがやって来た。
そう、アバンテ男爵は俺たちが接近した事に気が付いている。
そして、アラン子爵たち周囲の人間に催眠術で自分も刺されたと信じ込ませて倒れた振りをした。
そして、俺たちがやって来ると、俺たちにも信じ込ませた。
生存者は12人で死体は3体。死体には触らず、埋葬もせず、立ち去る、と。
そして俺たちが立ち去った後、ここを離れた。」
「ファルス、つまりアバンテ男爵は私たちとは行動を共にしたくなかった、と。」
「そうだ、あくまでも仮説だ。突拍子もない仮説だが、アバンテ男爵は惑星開発部隊の生き残りかもしれん。」
「えっ!?」
「なんだと!?」
「そんなぁ!?」
「問題は驚異の催眠術では無いんだ。奴が我々を探知して正体を見破ったことなんだ。
近付いてきたのがここの人間ならば、それまで通りアラン子爵たちと共に行動すれば良い。
だが、近付いてきたのは俺たち月の人、レギウス星人だ。
映像のアバンテ男爵の死体は顔が写っていない。
俺たちに顔を見られたくなかったんだ。」
次回59話「10日後」
真相に気付いたザーリ辺境伯は王都に向かいます。




