夜が来る前に 危ない☆ランデブー(2)
4月30日 午後2:30 ドコカノ街
私は何故か、この乙女ゲーム世界に飛ばされてから一ヶ月も経っていないというのに、
爽やかな、しかし、たまに仄暗い笑顔の好青年と、昼食をとりに行くところだった。
そこら辺で買い物&うろうろしてる所為で、大分遅めになりそうだ。
しっかし本当にチンピラに教えられた店でいいのかな。
スイーツを甘味と呼ぶ奴だったからなあ。
隣のイケメン(ジゴロ君)は何も言わない。
私達はただ黙々と坂を上がっていた。太陽が照りつける。暑い。
金持ちならハイヤー頼めよ。と思うが、この世界は異様に車が少ないのだ。理由は知らん。
登るにつれてどんどん日本家屋が多くなってくる。
もしかして、実は向かってるとこ全然お洒落なカフェとかじゃないって落ち?
まあいいや。こんな暑い日はオリーブオイルたっぷりのパスタより、さっぱりした和食の方が良いに決まってる。
「着いたよ。ここで間違いない」
ジゴロ君は落ち着いた口調で言ったが、その額には汗が伝っている。
店はやはり周りと同じで日本家屋。開かれた大門から少し奥まったところにあり、
屋号は門の脇に提灯が二つ下がるばかり。普通ここを通るだけの人は家か店か分からないだろう。
腕を大きく伸ばすクスノキの影は涼やかで、勿体ぶりながら揺らす花魁の飾り櫛の様な藤が香しく盛っている。
私の体は好奇心でうずうずしている。
しかし、ジゴロ君は私の頭半個分大きいというのに、怖気づいてしまっているので、からかいたくなった。
「お入りにならないのですか?」
「や、先、入ってよ。レディーファーストだから」
ニヤニヤしながら言う私の目も見ずに、肩をびくつかせながら言った。
怯えながらも、紳士である自分を崩さない。そんな必死さが微笑ましい。
背中を押しあいながら一悶着終えた後、結局私が戸を開けた。
暑かったので、間違っていてもいいから、とにかく休みたかった。
しかも、ここまで来たんだ。引き下がる訳にはいかない。長い坂を登ってきて、腹も減っている。
入ると、少し先の右手には程良く使いこなされた、大胆な一枚板のクスノキのカウンターがあり、その上のレトロな重々しいレジを支えている。
そこには、藤を混ぜた様な藍染めの作務衣を着た、三十路前位で、身体つきのしっかりとした強面の男が立っていた。
「いらっしゃいませ。お食事ですか。宿泊ですか」
「え、と、食事です」
客の異様な若さも気に留めず、にこりともせずに言う。
その無愛想ともいえる店側に、やはり私も深く考えない事にした。
連れは、どこ見てるのか分からなく、頭が真っ白になっている様だ。
役に立たん奴の事はもう諦めた。
チッ。これだからボンボンはよぉ。図太さが足んねえんだ。図太さが!
「では、襲芳の間へご案内致します」
「え?あの、食事だけなのですが・・・」
「襲芳の間は、お食事なさるお客様用の部屋なっております」
「あ・・・ハイ」
鷹の様な眼をした男に、思わず怯んだ。
あまり接客に向いた人でもないが、何故だか悪い気はしない。
広い玄関で靴を脱ぐ時、ジゴロ君は手を伸ばした。
支えてくれると解釈し、礼を述べてから、その大きくて温かい手に縋った。
向き合った若葉色のきつく編まれたソファと、その間に小さめながら足元が優美に彫られたローテーブルのある応接間を、
屋敷中グルグル回ったらきっと、ゲシュタルト崩壊を起こしそうな襖の嵐を通り抜けた。
それほど距離がある訳ではないのに、緊張で目が回る。
「では、ごゆっくりお過ごし下さい」
私が混乱している間に部屋に着いた様だ。
男は土下座(と言うと響きが悪いがそのようなポーズ)をして、襖を閉めて去って行った。
部屋は全体的に畳張りで、中央に低くて広い和式テーブルと、それを挟む様に座椅子が置いてある。
床の間には、花弁が少し深い青で、しかし、奥と五本筋だけが紫の昼顔が特徴的な葉と共に、一際部屋を印象付けている。
私には読めないが、流れのある字(多分漢字?)の入った歪な形の徳利にささっと生けてあるのだ。
「じゃあ、何を戴こうか」
男がいなくなったら、ジゴロ君はすぐにケロッといつもの調子に戻った様子で「御品書」を開いている。
私も反対側から身を乗り出して覗く。
懐石料理だけかと思っていたが、蕎麦も丼物もちゃんとある。どれもいいお値段だが。
しかし、こだわっている様で今一こだわってないこの感じが好きだ。種類も豊富で楽しい。
現実世界であまりこんな店入った事ないからなあ。
「では、私はこの天ぷら蕎麦の冷がいいです」
「じゃあ、俺は普通に懐石~水流丸~にするよ」
またあの坂を下らにゃならん。出来るだけ身は軽い方がいい。
しかし、ジゴロ君はガッツリ食う様だ。懐石を普通とか言うな!ばっかもん!!
少しすると、仲居さんが冷えた緑茶を持って注文を尋ねに来てくれた。
私はその香りと咽喉を通る冷たさと仄かな苦みを楽しみながら、丸い障子窓に映る光と影を見つめている。
ここは良い意味で時間をゆっくり感じさせてくれる。
そうしていると、ジゴロ君はおもむろに自分の腕時計を外し始めた。
食事の邪魔になるからだろうか。
そう考えてたら、結構早めに料理が出てきた。冷たいお蕎麦と揚げたての天ぷら。待ってましたー!!
無駄にごちゃごちゃしていない、数字の読みやすそうな時計。
しかも、中の歯車が見えていて、レトロで、凄く好みだ。いいなあ。
でも、それならやっぱ懐中時計っしょ。
私は気まぐれな事にちょっと褒めてみた。
「素敵な時計ですね」
「ああ。ありがとう。一昨年の誕生日にファンクラブの子達から貰ったんだ。去年は財布だったなあ」
やっぱジゴロじゃねえか!!きっと普段も相当貰ってんだろうなあ。
バレンタインとか・・・・・ゴクリ。うう。考えるだけでも恐ろしい。
私は学校中を駆け抜ける女子生徒達と、机から溢れ出る包みの数々を想像し、身震いした。
いや、待てよ・・・。
「一昨年って言うと、確か中等部二年生ですよね。王生兄弟と同じで、中等部の頃から『惑生会』に入ってたって事ですか?」
「いや。惑生会には入ってない。厳密に言うと、ファンクラブがいつの間にか作られてただけ。学校会員の多分全員がそうだよ。
そこまでならなきゃ、入れる見込みが無いんだって。中等部生でも正式な会員である、王生兄弟すごいなって思うだろ?」
「ア、ハイ。ソーデスネ」
双子に関しては、棒読みで答えた。
「惑生会に入ると、学費免除、月一の会合と言う名の雑談、学校行事のリーダー、となる。
生徒会の仕事は主に、惑生会員の取り決めの修正、制裁が仕事」
なるほど。図書館の文献よりも、聞き込みの方がよく知れるな。
それにこの男、訊いてない事までぺらぺら喋ってくれる。
「じゃあ、最後に一つだけ。遠足の目的地は何処ですか」
ズバリ!!それを知りたい。
しかし、やっぱりジゴロであったジゴロ君はムッと顔を顰めた。ヒイッ!
え、何?LHRをサボタージュしたの、まだ根に持っているのかい?しつこいねえ、君も。
「・・・・・近くの山に登山だよ!山へはバスで向かう。5月12日金曜日、聖宮学園正門に8:00集合。
持ち物は弁当、折り畳み傘、おやつは5000オカーネーまで。御馳走様!」
ぶっきらぼう☆に答えた。
登山とか嫌だよ~。よりによって登山!?ここは普通にセレブらしく行こーよ~。
因みにこの世界のお金の単位はオカーネー。万国共通、扱いは円と殆ど同じである。
イケメンが真顔でオカーネー(笑)。つか、おやつに5000オカーネーって高くね?何でそこだけセレブ使用なんだよ。
今食べ終わったジゴロ君(食休みしなくていいの?)と、とっくに食べ終わってた私は、あの強面男のいるカウンターへ向かった。
その時、一人の男性とすれ違った。中性的な顔立ちの、色白の青年。桑の実色の簡素な着物を身に付け、動きが洗練され、優美。
アメジストの瞳を細め、薄い桜色の唇を延ばし、微笑んでくれた。
すれ違いざま、私は振り向き、軽くなびく艶のある黒髪と、色っぽいうなじに見とれていた。
「星宮、ああゆうのが好みなのか?」
ええ、まあ。好みではあるのだが・・・。とにかくオーラが凄いのだ。
主要キャラの匂いがプンプンするぜえ!!
あー、もうヤダ。私は元いた世界に帰りたいだけなんですぅ。これ以上話をややこしくすんな!!
今いた美青年は頭のタンスの奥の奥の奥にしまって、会計を済ませた。
二人とも自家用車を呼ぶ間、強面の男に了解を得て、応接間で待っていた。
陽が西へ傾くにつれて、客入りも多くなってくる。
それにしても、きちんとした身なりの人が多い。場違いではないが、相応とも言い難い。
訳の分からぬ緊張に再び襲われる。硬直しながら会話もなしに、ただ待っているだけ。か、帰りてえ~。
「す、すまないな、星宮。また学校で。今日は楽しかった」
「え、ええ。本日は色々とお教え頂き、ありがとうございました」
唯一の安全地帯であったジゴロ君は、すぐ迎えが来て、表面だけ丁寧な別れの挨拶を交わす。
こんの裏切り者~!!
私は恨みがましげに、涙目で彼の後ろ姿を睨みつけた。
「少し、よろしいでしょうか」
よくねえよ。
ジゴロ君の代わりに、先程の色艶テッカテカ美青年がそこにいる。随分と早いお出ましで?
頭のタンスの奥の奥の奥からぽぽぽぽ~んとやって来たのだ。
私はてっきり、学園で再会するものだと思っていたよ。
ジゴロ君、セレブの割にちょっと庶民臭いですね。
主人公、毎度毎度、口が悪くてスミマセン。
次話も宜しくお願いします。




