第九話
綾音が加わった地下組織はその名称を「鵬泉解放戦線」という。その目的とするところは、今の生徒会を倒し、健全な生徒自治を復活させることであるが、その為に必要となるのは、とりもなおさず人手である。もちろん、多ければ多いほど良い。新入りの綾音にも、同士勧誘の任務が与えられた。
しかし、これがなかなか簡単にはいかない。言うまでもなく、下手に組織のことを話して、もし相手がそのことを生徒会に告げ口すれば、たちまちにして一巻の終わりだからだ。
生徒会の尋問は恐ろしい。その陰惨さを綾音は骨身に染みて知っている。組織に加入して既に一月近く経っていたが、彼女はいまだ誰の勧誘にも成功していなかった。
「同志高辻、任務の進捗状況を報告して」
難しい表情をした麗羅が厳しい調子で言った。普段の彼女は明るく取っつきやすい感じだが、同志との会合では常にがらりと様子が変わり、かくのごとくになる。綾音が参加する会合は週に一度、曜日を変えつつ閉室後の図書館において開かれ、その人数は綾音と麗羅を含めて、いつも決まった六人だった。
「はい。私は先週に引き続き、私と同じクラスの五人の前科者たちに対し、折を見ては話しかけ、それぞれとの親睦をより深めました。まだ誰とも、生徒会の話題を交わすまでには至っていませんが、内の二人とはだいぶ気安くなってきましたので、そろそろ――」
「同志高辻、それじゃあ、先週の報告内容とほとんど変わらないじゃない。変わったのは、気安くなったクラスメートが一人から二人になったという所だけ。私たちの時間は有限よ。慎重に越したことはないといっても、度が過ぎているように思う。次の報告においては、実質的な成果を聞かせてちょうだい。いいわね」
「……はい」
「では次、同志佐藤。報告して」
「ハッ。先週の報告において見込みが高いとしていた、二年三組田中小春の勧誘に成功しました。来週の会合に連れてきたいと思いますが、よろしいでしょうか?」
「よくやったわ。明日、連れてきて。その調子で、さらに励んで」
「ハッ!」
その翌週、会合を前に、綾音は憂鬱な気分でいた。相変わらず誰も勧誘できず、また同じ報告をせざるをえない状況にあったからだ。しかし、結局そのことで、綾音が責められることはなかった。図書室に着くなり麗羅から、本日の会合の中止を告げられ、報告の場自体が無くなったからだ。
「何かあったんですか?」
「生徒会に潜入させていた私たちのスパイが捕まったの。きっと尋問により、洗いざらい自白させられるわ。それで、私たちにも公安の手が伸びてくるかもしれない。だから、しばらくは活動は控えて、目立つようなことは一切しないで」
「そのスパイの人、私たちのことも知ってるんですか?」
「前にも話したとおり、私たちの組織は小集団ごとに別れて、必要な連絡は全て、極少数の連絡員によって行われているわ。だから彼女が、組織の全てを把握しているということは絶対にない。でも、彼女、役割が役割なだけに、他の一般の同志よりは多くを知ってると思う。その中に、私たちのことまで含まれているかどうか……とにかく、今日はこれで寮に帰って。以後は、別命あるまで待機」
幸い、捕まったスパイは望月班のことは何も知らなかったようで、彼女らの所にまで公安の捜査が及んでくることはなかった。ただ、その翌週に発行された生徒会報には、普段一人か二人のところ、十四人の処分者情報が載っていて、共謀罪などといった罪名から察するに、おそらくそのほとんどは、綾音には未知の組織の同志たちであったに違いなかった。その内の一人に、綾音が接近を図っていた同じクラスの前科者も居て、まさか、いつも一番そっけなかった彼女がと、綾音は驚いた。
そして、一学期の終業式の体育館でのこと。肩書だけの校長の口からだしぬけに、綾音の名が呼ばれた。
綾音にはもちろん思いもよらぬことで、その理由はというと、高校生を対象として国が主宰するある書道コンクールで、書道の授業の課題として提出した綾音の作品が、最高賞である教育大臣賞を取ったという。担当教師が特に選んで、自身が顧問を務める書道部の部員たちの作品と共に送ったらしい。綾音の母は自宅で書道教室を開いていて、綾音も物心がついた時からこの学校に入るまでずっと、近所の子供たちと一緒にその指導を受けていた。
綾音は、教師と生徒たちの全ての視線を受けつつステージに上らされ、狐につままれたような気持ちで、賞状を受け取った。




