第十話
終業式の翌日から早速始まる夏季講習に出席するため、朝、綾音が教室に入ると、いつになくクラス委員長が「おはよう」と挨拶してきた。何事かと身構える綾音に委員長は、先輩たちから頼まれたと言って、青年団加入の勧誘をしてきた。
「生徒の誉れは、学校の誉れ。この学校に更なる栄誉をもたらしたあなたは、青年団員たるにふさわしいわ」
「誘ってくれるのは嬉しいけど、とてものこと、受けるわけにはいかないわ。私のような前科者が入ってしまっては、栄えある青年団の格式を落とすことになっちゃうから」
「何を言ってるの。既に処分の済んだ以上、罪は完全に償われたわけで、あなたは何のうしろめたさも感じる必要はないわ。胸を張って、加入してよ」
これまで散々綾音をハブってきた張本人が、よくも言えたものだと、綾音は思う。いずれ、この学校の現状の支配体制を憎み、これをひっくり返すべく活動している綾音には、却って不快な話だ。彼女は、結局は断るつもりで一応ていよく「ちょっと考えさせて」と答えておいた。
放課後、麗羅にこの話をすると、彼女は即座に「受けなさい」と言った。
「えっ……命令とあらば、もちろん従いますけど、正直、気は進まないです。何で私が、あんな奴らの仲間に……」
「決まってるじゃない。スパイするためよ。前に捕まったスパイに代わって、あなたがスパイになるの。青年団に加入したら、すぐに生徒会入りの志願書を出しなさい。青年団員なら、きっと認められるはずよ」
「……冗談ですよね。何事にも要領の悪い私みたいな女がスパイだなんて」
「そんなに難しく考えないで。要はとにかく生徒会に入って、あとはただ、あなたがそこで見知ったことを、私たちに知らせてくれればいいだけだから」
青年団加入の手続きで団員寮内にある事務所を訪れた時、綾音は殊勝らしく「私のような前科者を寛容にも受け入れてくださり、感謝に堪えません。この恩に応えるべく、団のために私に出来ることがあれば、何なりとおっしゃっていただきたいと思います」と言ってみた。
すると、その担当者は「言葉に甘えるようで申し訳ないけど、だったら、生徒会に入ってよ。幸い、生徒会への参加希望者はいつも多くて、人員の数自体は充分足りてるんだけど、一方で、いずれ役職を任すべき幹部候補生――要は私たち、青年団員のことだけれど――これが今、少し足りてないの。ねえ、お願いできない?」と答えて、綾音の方から頼むまでもなく、生徒会入りを勧めてきた。
「そういうことでしたら、ぜひ」
「本当? 嬉しいわ。ありがと。希望の部署とか、ある?」
「特には。おまかせします」
「わかった。青年団はあなたを歓迎するわ。これから、よろしくね。それじゃ、今からでも部屋を移って。既に用意はしてあるから」
青年団員寮は、外観において縦横の長さがほぼ同じの三階建ての建物である。居室は全て一人部屋で、一般寮と違い、どのドアにも鍵が掛かる。綾音にあてがわれたのは、広い腰高窓が東を向いた一階の六畳ほどの部屋で、調度の類は、ベッドにしろ机にしろクローゼットにしろ姿見にしろ、どれも全て、質素ながらも不足の無い物が備えられていた。
綾音が荷物の整理をしていると、ドアをノックする者があり、早くも辞令が手交された。綾音の配属先は公安部捜査課――つまり、良くも悪くも、彼女の本来の同志たちの検挙にあたる最前線の部署だった。




