第十一話
校舎裏の敷地奥に樹木の繁った一区域があって、あいだに遊歩道が右に左に曲がりつつ巡っている。以前、綾音が刑務作業として、清掃を任された所だ。季節は既に夏の盛りで、蝉の声がやかましい。綾音は大量の汗を流しつつその遊歩道を、先の方まで辿っていった。
「こっちよ」ケヤキの大木の陰から、麗羅が顔を出して手招きした。
「こんな暑い日にわざわざ外に出る人なんて、他にいませんよ。もっと近い所でも、よかったんじゃ?」
「慎重を期すにしくはないわ。さて、組織の仲間がまた一人捕まったわ。あなたも捜査員の一人として現場に居たみたいだから、知ってるわよね。どうして、あらかじめ報せてくれなかったの?」
「私も出動の直前に知ったんです。この一件に限らず、平の隊員に知れることなんて、あまり無いんですよ」
先代のスパイが捕まった直後、大量の逮捕者が出たが、さらにその後も二、三日に一人ずつほどの割で、芋づる式に逮捕者が出ていた。今のところ捕まっているのは末端の同志がそのほとんどであるが、幹部連は、その手がいつ自分たちにまで伸びてくるかと不安でいるという。中間管理職とも言える麗羅は彼女らから「なんとかしろ」と迫られたらしく、さらにその任を綾音にそのまま押しつけてきた。
「何でもいいから、とにかく、なんとかなさい」
「そんなこと言われても、どうしろと?」
「平では何も知れないなら、出世すればいい。あなた、何のために青年団に入ったのよ」
「いくら青年団員でも、何の手柄も無しにすぐに出世なんて、させてくれませんよ」
「……わかった。手柄があればいいのね」
その日は特に出動命令が下ることもなく、綾音は残りの時間を主にエアコンの効いた自室で過ごした。夕飯を食べに食堂に出た時、ちょうど入口のところで、早くも食べ終えたらしい常務委員の六角に出くわした。
間近に六角と接するのはこれが初めてのことで、綾音はもちろん心穏やかではいられなかった。しかし、そこは遠謀の為と自分に言い聞かせ、殊勝らしく「おつかれさまです」と生徒会の上役に対する当たり前の礼を取ってみせた。
そんな綾音に六角は、特段の反応を示さなかった。ただ「うん」と無愛想に答えて、綾音の傍を通り過ぎてゆく。
綾音は拍子抜けした気持ちで、その背中を見送った。六角はどうやらその後輩が、自分が陥れてその恋人を奪った女だとは、気づかなかったらしい。しょせん自分は六角にとって、潰した虫けら程度のものにしか過ぎないのか。
食堂に入ると、その綾音の元恋人の莉々華が、他と離れて一人で食事を取っていた。おそらく、六角と一緒に来て、食べるのが遅い彼女は取り残されたのだろう。
久々に見る莉々華の容貌はやはり優れて美しく、綾音は思わず目を留めた。それに気づいた莉々華は綾音の方をちらと見返したが、すぐに目をぷいとそむけて、あとは知らんぷりを決め込んだ。
綾音がカウンターから料理を取ってきて、席に着いた時には、莉々華は既に食器を片付けて、食堂を後にしていた。




