第十二話
翌日のこと。補習の二時間目前の休み時間に、綾音がトイレに向かっていると、正面から見知った女が近づいてきた。ポニーテールの髪を小気味よく左右に揺らして歩くその女は同志佐藤で、彼女はすれ違いざまに「保健室へ」と耳打ちしてきた。
保健室には教諭は不在で、一人麗羅がベッドに寝ていた。綾音は傍の丸椅子に腰かけて、だるそうに目を開けた麗羅に声を掛けた。
「具合でも悪いんですか?」
「ううん、寝不足なだけ。これ、書いてたの」
麗羅が入口の方に目をやりつつ、掛け布団の下の手をもぞもぞと動かして、それからその手を綾音の方に差し出した。手には手帳ほどの大きさの小さなノートが握られていて、その表紙には「生徒会長襲撃計画書」との文字がマジックではっきりと書かれていた。綾音の身体がぶるりと震えた。
「いよいよ、やるんですね。私も覚悟は出来てます」
「違う違う、早合点しないで。これはあくまで、あなたに生徒会内で手柄を立てさせる為にする工作の道具よ」
「……どういうことですか?」
「つまりね――」
その時、ノックがあって、同志佐藤が入ってきた。佐藤は保健委員をやっていて、どうやら、教諭不在のこの時間の保健室を任されているらしい。彼女は何も言わずに入口の近くまで教諭の椅子を滑らせると、そのままそこに、耳を外に向けて、腰を下ろした。
「つまりね、これを誰かの持ち物なりロッカーなりに紛れ込ませておいて、それをあなたが摘発するの。生徒会長を襲撃する為の計画なんて、奴らからしたら天地を揺るがす大奸謀に違いないから、それを未然に防いだあなたの手柄は、必ずや大きく評価されるはずよ。一躍昇進まちがいなし」
「……それってその誰かに、無実の罪を着せるってことですよね。さすがに私、そんな悪辣なことは……」
「一つの犠牲もなしに成就する革命なんて存在しないわ。革命が成った暁には立派な記念碑を立てて、その誰かの名前もしっかりと碑の裏に刻んでおいてあげましょうね」
「そもそも、その計画書が、その誰かの持ち物から出てきたからといって、単純にその誰かが犯人だと、公安の者どもが信じますかね。実際そうであるように、他人の罠である可能性も当然考えるでしょうし、筆跡を調べられたら、すぐに別人のものとばれちゃうんじゃ……」
「ノルマのことしか頭にない公安の奴らが、いちいち手間暇かけて真犯人を見つけようなどと、そんな七面倒臭いこと、わざわざするはずないでしょ。誰でも引っぱってきて、何でも『自白』させることが彼女らの常のやり口で、そのことは誰よりもあなたが、身に染みて知ってるはずよ」
寒い部屋に下着のみで立たされ、失禁させられた屈辱の記憶が、綾音の顔を赤くした。彼女は高まった鼓動を落ちつかせるべく、深い呼吸を静かに繰り返しながら、どうすべきかと考えた。
「ところで、その冤罪を押し付ける誰かですけど、もう決まってたりするんですか?」
「まだ特には。どうして?」
「だったらそれ、私の指名する人にしてもらえませんか? もし、そうしてもらえたら、私の良心がさほど痛まずに済むので」
綾音は、かつて自身が収監されていた際、同房で一緒に過ごした、現在三年生で当時二年生だった稲葉を指名した。




