第十三話
生徒会長襲撃計画の容疑者は、逮捕されて後、三日ももたず罪を「認め」、卒業式前日までの懲役刑を言い渡された。綾音はこれを「未然に防いだ」功により、生徒会長の自署入りの感謝状を賜る光栄に浴した。また、公安部から異動して、新たに憲兵隊の副隊長に任命された。
「高辻綾音です。よろしくお願いします」
「隊長の舟橋です。こちらこそ、よろしくね」
憲兵隊は生徒会内の不正や犯罪を捜査、摘発することをその任としている。いわば、組織の規律を守るための自浄機関と言ってよく、役目柄その長はきっと、強くて厳しい女に違いないと綾音は思っていた。しかし、いま目の前に見る憲兵隊長は、小柄で少しぽっちゃりとして、穏やかそうな顔つきをしている。綾音は意外に感じつつ、内心、緊張のやわらぎを覚えた。
「早速で悪いけど、あなたに仕事を頼みたいの。いいかしら?」
「もちろん、喜んで」
「これ、今朝届いた投書なんだけど、読んでみて」
公安部のあるメンバーからカツアゲされた。私は何も悪いことしてないのに。逮捕して裁判に掛けて厳しく罰して――投書はざっとそんな内容だった。
「わかりました。では直ちに、この公安部メンバーを任意で引っぱって事情聴取を――」
「待って。違う。そうじゃない」
「え、じゃあ、先に逮捕してから――」
「だから違うってば。投書の文末を見て」
「……何卒、よろしくお願いします……この文が何か?」
「その後ろ。投書の主の署名があるでしょ」
「はあ」
「引っぱってくるのはそいつ。容疑は虚偽申告罪」
綾音はきょとんとした。理解が追いつかない。
「……えーと、つまり、調べはもう済んでいて、その結果、投書の内容はでたらめだったと」
「調べる必要なんてないわ。だって、生徒たちの範たるべき生徒会の人間が、カツアゲだなんてみっともない真似、するわけないじゃない」
「……そうかもしれませんけど、訴えがあった以上、一応、調べてみませんことには……」
「万一、本当だったとしても、生徒会自体の不名誉になるようなそんな話、表に出すわけにはいかないわ。だったら、私たちのすべきは、話の虚実にかかわらず、この投書の主に因果を含めて、口止めすること。それ以外に何かある?」
「……」
「わかったら、さっさと行って。本人があちこち喋くって、話が少しでも拡がる前に」
綾音はもちろん気が進まなかったが、命令とあらば仕方がない。直ちに、いま初めて持った部下のうち、四人を引きつれて、収容所三階の憲兵隊詰所から投書の主のクラスへと駆け足で向かった。
時刻は一時五分。既に昼休みは終わり、補習の四時間目が始まっている。しかし、綾音は構わずドアをノックして開け、投書の主を呼び出した。
初め投書の主は少し緊張しつつも、どこか嬉しげな表情をしていた。カツアゲ犯を罰するために憲兵隊が動いてくれたとでも信じていたのだろう。しかし、綾音の口から、あべこべに自身が連行される旨を告げられると、その表情を一変させ、怒声を上げて、猛り狂った。
「身内の犯罪を取り締まるどころか、却って告発者を捕まえるだなんて、一体なんのための憲兵隊よ! こんな理不尽なことってない。なんであなた、こんなひどいことが出来るの? お前は人間のクズよ。人でなしよ。世界平和の為に、一日も早く惨殺されろ!」
綾音は胸倉をつかまれ、顔に唾を吐きかけられた。四人の部下がすぐに相手を引き離して、乱暴に床に組み伏せた。
投書の主は、それでも叫ぶことを止めなかった。綾音に対する呪いの言葉が、廊下に反響し続ける。部下の一人が、その口を塞ごうとして手を噛まれ、痛苦の声を上げた。
「副隊長、こいつ、抵抗を止めません。少し痛い目を見せてもいいですか?」
「……私、ちょっと向こうを見てるわね」
綾音は冷然とそう言って、窓の外に目をやった。もちろん内心では、自分の為にも投書の主の為にも泣いていたが、そんな同情を表したところで何になろう。
掛けられた唾が口の端まで垂れてきた。綾音はそれを舌先で舐め取りつつ、毒を食らわば皿までと覚悟を決めた。




