第八話
年度が変わり、綾音は二年生になった。クラス替えがあり、彼女は四組に入れられた。
出所以来、綾音はクラスで孤立していたが、それは組が変わっても変わらなかった。生徒の処分に関する情報は全て生徒会報に載せられるので、誰もが、綾音が前科持ちであることを、噂を待つまでもなく、知っていたからだ。中には気づかず話しかけてくる者もいたが、次の休み時間までには誰からか教えられるに違いなく、それきり、近づかれなくなることが常だった。
もっとも、このクラスの中で前科を持っているのは綾音だけではない。前科者は各クラスにおおよそ均等に配されるらしく、この組にも綾音の他に五人居る。彼女らもそれぞれ孤立していて、休み時間などにはたいてい皆、一人で本を読んでいる。同類同士で集まって仲良くしたりしないのは、公安の目に立ち、共同謀議などのいらぬ疑いを掛けられることを避けているのであった。
四月も終わり頃のある放課後、図書室で綾音が次に読む本を選んで貸出カウンターに持っていくと、いつも居る図書委員が本を預かったまま綾音をじっと見て、いつになく話しかけてきた。
「あなたの借りる本、どれも結末の暗い、陰気な小説ばかりね。昔からそんな趣味なの? それとも、過酷な収容所生活を経て、破滅願望でもきざしちゃった?」
「……前科者には、読みたい本を自由に読む権利すら無いんですか?」
「あら、ごめん、怒っちゃった? ちょっと不躾だったかしらね。私は三年の望月麗羅。あなたのことは、前からちょっと気に掛かってて、ぜひ話してみたいと思ってたの」
放課後の図書室にはいつも少ないながらも、たいてい五、六人は誰かしら利用者が居るのが普通であるが、今はたまたま珍しく、彼女と綾音より他、誰も居なかった。
「気に掛かってたって、どういう意味ですか?」
「あなた、先月の中頃あたり中庭で、誰か綺麗そうな女の子と何か揉めてたわよね。私、校舎の一階の窓から、それ、見てたの」
「……それが何か?」
「ほとんど聞き取れなかったけど、六角という名前がかすかに聞こえて、だいたい事情は察しちゃった。彼女、面食いってことと、あと、飽きやすいってことで有名なの」
「……だから、それが何ですか? 振られて失意の底にある私のことを、慰めでもしてくれるんですか?」
「ん、いいわよ。あなたがもし、そうしてほしいと望むなら」
麗羅はそう言って椅子から立ち上がり、綾音の顎にそっと手を掛けた。
一見、麗羅の容貌は田舎臭くて野暮ったい。枠の広い丸メガネと、頭頂にくっきりと分け目を刻んで左右に垂らした三つ編みが、その印象を作っている。しかし、改めてよく見ると、面長な彼女の目鼻立ちは、優れて整い美しい。そして、その身体つきも胸大きく、腰細く、足長く、たいへん見栄えがした。
綾音は顔を赤くしながら、麗羅の手から逃れた。そして、ひとつ深呼吸をしてから、慎重な口ぶりで言った。
「六角さんのこと、おっしゃいましたけど、彼女、今度三年になって、確か、常務委員の一人に選ばれましたよね。そんな要職にある人を今みたいに言って、大丈夫ですか?」
「聞かれなきゃ、平気よ。それともあなた、生徒会に告げ口する?」
「……本の手続き、とっととしてください。余計なことを、私に聞かさないで」
その後も麗羅は機会を見つけては、綾音に話しかけてきた。綾音もそれが本当に迷惑ならば、図書館に通うこと自体、止めてしまえばいいのだが、教室でも寮でも孤立している寂しさからか、却って前より頻繁なぐらいに足を向けてしまう。麗羅は、生徒会や青年団の醜聞の類を実にたくさん知っていて、それらの話を綾音は次から次と聞かされた。
「望月さんって、青年団員でしたっけ?」
「違うわよ。どうして?」
「内輪の話らしきものをよく知ってるし、図書委員でもあるし」
「図書委員や環境委員は人気がなくてね。さすがに長は団員の人だけど、私みたいな平の委員はたいてい一般生徒よ」
「だったらどうやって、そんなに色々と情報を?」
「私、友達が多いの」
麗羅がただの噂好きでないことは、綾音には初めからわかっていた。おそらく彼女も今の生徒会に対して強い不満を持っている一人であるに違いなく、綾音を自分の仲間にしたいのだろう。あえて綾音に、綾音自身が持つ生徒会に対する憎しみを掻き立てるような話ばかりするのは、その為に決まっている。果たして、断続的に小雨の降り続く六月初旬のある日、綾音は麗羅から、私の「友達」に加わらないかと誘われた。
「その友達って、何人ぐらい居るんですか?」
「それはまだ秘密。でもいずれ、まだ全然足りないから、これからもどんどん増やしていくつもり」
「短刀に伺いますけど、その組織の目的は?」綾音は麗羅の瞳をじっと見た。
「……選挙と、それにより選ばれた生徒会長による民主的な校内自治を復活させること」麗羅が綾音をまっすぐ見返して言った。
「その為にはまず――」
「そう、現生徒会を実力をもって転覆させる必要がある」
「わかりました。私にも協力させてください」あらかじめ心を決めていた綾音の言葉に迷いは無かった。
「ありがとう、同志高辻。本当に嬉しいわ」麗羅が綾音を正面から抱きしめつつ、その耳の中に息の吹きかかるようにして言った。




