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第七話

 一時間目が終るとすぐ、綾音は莉々華をその教室に訪ねた。入口に立つと、小柄な割にスラリと足の長い綺麗な娘がすぐに気づいて寄ってきて、香り立つような美しい笑顔を綾音に向けた。これはもちろん莉々華で、先にルームメイトの二人から冷たくあしらわれた綾音は、非常に救われた思いがした。

「良かった。心配してたのよ。そんなにやつれてないし、顔色も良いわね」

 莉々華は、近々発行されるであろう最新の入学パンフレットにおいて、主演モデルを務めさせられたほどの美人である。常に穏やかで気品にあふれ、その所作なども一々洗練されている。

 綾音と莉々華が恋仲になったのはほとんど入寮直後のことで、お互いに一目惚れだった。外部生である綾音が比較的すんなりと新しい環境に馴染めたのは、何くれとなく、彼女が教えてくれたり図らってくれたりしたお陰といっていい。

 二人はほとんど抱き合わんばかりにして、再会の喜びを交わし合った。そして、昼休みにまた、中庭で落ち合うことを約束して、一旦別れた。

 ようやく昼休みが来て、綾音はいそいそと中庭に向かった。校舎の出口のすぐ手前で莉々華に会った。

 綾音は手をつないで歩きたいと思い、莉々華の手のひらに触れようとした。しかし莉々華はその意図に気づかなかったらしく、綾音の手のひらは空を泳いだ。綾音はちょっと残念に感じつつも、たまたまのことと特に気にしなかった。二人は楽しげに肩を並べて、中庭に出た。

 それからひとしきり、改めて再会の喜びを表し合った。そしてそれが一段落したところで、綾音は聞きたかった話題を持ち出した。

「団員寮に移ったって聞いたけど、本当なの?」

「ええ、本当。親切な人が居てね、私の為に取り計らってくれたの」

「……親切な人って誰?」

「二年生の六角さん。生徒会で経理を担当してるって言ってた。ひょろりと背が高いばかりの痩せぎすな人で、決して美人とは言えないけれど、本当に優しい人。二学期の終わり頃のある雨の日の放課後、傘を忘れて困っていたら、自分のに入れてくれて、わざわざ遠回りして、寮まで送ってくれたの。それ以来、何かと良くしてくれてるわ」

「待って。その傘の話って、つまり、私が連行される前のことよね。そんな話、あなた、私にしたっけ?」立ち止まった綾音が責めるように訊いた。

「ごめんね。下手に話すとあなた誤解して、やきもち焼いちゃうかもって思ってたから……」

 これを聞いて綾音は、流石に心穏やかではいられなかった。自分の知らないところで自分の恋人である莉々華が、他の誰かと仲良くしているということだけでさえ嫌なのに、あまつさえ、その相手が、憎き生徒会の一員であるとは。しかも、彼女の話はここに止まらず、次の言葉は、綾音を取り乱させるのに充分だった。

「それでね、ちょっと言いにくいんだけど、綾音、私と別れてほしいの。あっ、これはもちろん、カノジョとしては、という意味で、今後も良い友人として付き合ってくれたら、と私は思ってるんだけど……どうかな?」

「えっ、ちょっ、待っ、何? つまり、私を振って、その女に乗り換えるってこと? 信じらんない。団員寮の美味しいごはんに目がくらんで、この私を捨てるなんて……」

 穏やかに見えた莉々華の表情が一変した。ごはんに目がくらんでなどと言われて、非常な侮辱を感じたらしい。彼女はいつになく綾音を睨みつけ、憎々しげに言い返した。

「……言っとくけど、もともと私にはあなたと別れる気なんて、まったく無かったのよ。実際、その雨の日以降、何度も何度も六角さんから付き合ってくれと頼まれたけど、私ははっきりと断り続けたんだから。添い遂げたいと思ってる恋人が既に居ると、一切耳を貸さなかったわ。それを……あなたの方が先に私を裏切ったんじゃないの!」

「なに言ってるの? いつ私があなたを裏切ったって言うのよ」

「……私、知ってるんだから。あなた、収監されているあいだ中、そこの所長さんの私室に入り浸ってたんでしょ」

 綾音の顔から血の気が引いた。まさか莉々華が、表現の仕方はともかく、既にその事実を知っていたとは。綾音は釈明すべく口を開きかけたが、とっさに何とも言い返せなかった。

「間違えないでね。別に私はそのことを責めたいんじゃないの。あなたの状況を思えば、並大抵でない不安、心細さを感じるのは当然で、誰かに縋りたくなったとしても仕方がないと思う。ただ私が言いたいのは、心変わりしたのは、あなたが先ということ」

「私、心変わりなんてしてない! あの女に抱かれている時も、ずっとあなたのこと考えてた。だいたいあなた、私が連れていかれた翌日には、寮を移ったっていうじゃない。やっぱり、先に裏切ったのはあなたよ」

「初めは、あなたが帰ってきたら、私もすぐに戻してもらうつもりだったの。六角さんも、それでいいって言ってくれたから」

「わかった。私たち、そいつに嵌められたのよ。私が無実の罪で逮捕されたのも、きっとそいつの仕業」

「六角さんは本当に良い人よ。そんなことしないわ」

「騙されないで! 他人の恋人に陰でちょっかい掛ける奴が、善人な訳ないじゃない。そいつきっと、あなたの肉体だけが目当てのろくでもない女よ。そんな女と付き合っちゃ駄目!」

「……所長さんはそうだったの? あなたの肉体だけが目当てだったの?」莉々華がかすかに笑みつつ皮肉った。

「……そうよ。生徒会の人間に、ろくな奴など一人も居ないわ。あなたもきっと、そいつのおもちゃにされて終わりよ」綾音が諦めた表情を見せた。

 昼食を終えた生徒たちが、ちらほらとこの中庭に出てきた。二人は共に口を閉ざしたまま、互いにじっと見合っていた。

 やがて、莉々華が「さよなら」と一言つぶやいて、きびすを返した。綾音も同じくきびすを返して、互いに遠ざかっていった。

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