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第四話

 満期日の朝、刑務官が綾音を監房まで呼びにきた。綾音はドアを出て、振り返り、三週間寝食を共にした二人の先輩に心からの礼を述べた。

「それではお先に。先輩たちも釈放されたら、すぐに会いに行きますので、また仲良くしてください」

「もちろんよ。それじゃまた。きっと近いうちに」

 綾音はまず、三階に連れられていった。刑務官の後に付いて廊下を歩く綾音の目に「公安部」「警備部」「生活指導部」「経理部」「憲兵隊」などと、それぞれドアの上に貼られたプレートの文字がいかめしく映る。突き当りの左の部屋には「所長室」とのプレートが掲げられていて、刑務官はそのドアを丁寧に二度、ノックした。

 机の前に、綺麗な顔をした髪の長い女が座っていた。制服の胸に、輝く星を象ったような金色のバッジが光っている。学校の為に何か顕著な功績のあった者を讃える鵬泉栄誉勲章だ。

 それを見て、綾音にもピンときた。噂でその名前だけは知っている、生徒会長の忠実なる番犬、北小路雪乃に違いない。

「不敬罪の容疑者、高辻綾音を、ご指示の通り、連行して参りました」ことさらに姿勢を正した刑務官が敬礼しつつ言った。

「ふ、不敬罪? えっ、なに、どういうこと?」出所後の心構えでも説かれるかと思っていたところに、思いがけない言葉を聞かされて、綾音はうろたえた。

「お前、生徒会長のことを、白豚呼ばわりしたらしいな」雪乃が切れの長い目で、綾音をじっと見据えて言った。

「……いえ、えーと、それは……」

 何故ばれたのかと、綾音は焦りながら不思議に思う。看守か誰かが監房のドアの外にこっそりと立っていて、聞き耳を立ててでもいたのだろうか。

 いずれそんなこと、認めるわけにはいかない。ここで再逮捕などされたら、楽しみにしている学食のA定食がまた当分食べられなくなってしまう。綾音は、とぼける一手と決め込んだ。

「私は会長のことを、ガンジーよりもエジソンよりもマザーテレサよりも尊敬しています。その私がそんなこと、言うわけないじゃないですか。誰が言ったか知らないけれど、きっと何かの聞き違いです」

「ほう、そうか、聞き違いか」

「そうですとも」

「では念のため、報告してきた者にも再確認してみよう。おい、連れてこい」

 刑務官が出てゆき、部屋には綾音と雪乃が二人きりで残された。その間、綾音は立たされたまま、ただそわそわと落ちつかなかった。雪乃は頭の後ろに両手を組んで、そんな綾音を寛いだ様子で見ていたが、やがて、何を思ったか出し抜けに、場違いな言葉を掛けてきた。

「お前、かわいい顔をしてるな」

「……はあ」

「ちょっとぐるりと、ゆっくり回ってみろ」

「え?」

「いいからやれ」

 綾音は戸惑いながらも、言葉に従った。ジャージの背中に凶器でも隠していないかと疑っているのか。回転し終えた綾音に、雪乃が満足そうに言った。

「百五十九センチの、八十一、五十五、八十四といったところか。もうちょっと肥えた方が良いが、まあ、悪くない」

「……」

 一月ほど前に測った時には、バストもウエストも、もう二、三センチほどずつ太かった。しかし、ここに居た三週間のあいだに、そのぐらいは落ちていてもおかしくはないだろう。いずれ、右のようなことを、どうして雪乃はわざわざ言ったのか。綾音はその心情を測りかね、いよいよ彼女のことを薄気味悪く感じた。

 ドアがノックされ、刑務官が戻ってきた。連れてこられたのは、さっき別れを交わしたばかりの二人の先輩だった。信じたくない気持ちが綾音から思考力を奪い、彼女は数秒の間、呆然とした。

「この女が会長のことを、白豚と呼んだのは確かか?」雪乃が前置きもなしに、いきなり尋ねた。

「確かです。生徒会は横暴だと言い、会長はろくでなしだとも」三年生の藤堂が気をつけしたまま、悪びれもせずに答えた。

「え、いや、それは……先輩だって同意して、一緒に笑ってたじゃないですか!」綾音は怒声を上げた。

「それは嘘です。先輩は高辻さんに対し、そんなことを言ってはいけないと、きちんと注意されました」二年生の稲葉が前を見据えたまま、はっきりと言った。

「うん、わかった。二人とも、よく報せてくれた。お前たち、残りの刑期はあとどのぐらいだ?」

「二十日ほどです」

「一月ほどです」

「よし。これに報いて、お前ら二人の刑期を短縮し、どちらも本日付けをもって釈放とする。ただちに監房に帰り、その支度をせよ」

「ありがとうございます」

 回れ右した稲葉の顔が、ほくそえんでいた。綾音は我を忘れて何か叫んで、掴みかかった。すぐに刑務官があいだに入り、仲間を呼んだ。複数の手により綾音は引き離され、床の上に組み敷かれた。

「以後そいつは、私が直々に取り調べる。独房に入れておけ」

 妖しく細められた雪乃の目に、人知れず好色の光が灯っていた。

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