第三話
一応、裁判と名の付く場が設けられたが、そこではただ一方的に判決を下されただけで、弁護人などが居ないのはもちろん、被告人自身が弁明する機会すら与えられなかった。綾音には三週間の労働教化刑が言い渡され、彼女はそのまま腰縄を引かれて、同じ建物の二階へと連れられていった。ちなみに、この建物は耐震基準を満たしていないとかで使用不可となった築五十年以上の三階建ての木造の旧校舎であり、生徒会はこれを、教師らのアリバイ的な警告を無視して、勝手に占有し使用していた。
「新入りだ。仲良くやれよ」
「……一年の高辻綾音です。よろしくお願いします……」
綾音の入れられた雑居房には先客が二人いた。稲葉という二年生と藤堂という三年生で、どちらも穏やかな顔つきと容子をしている。とても、悪いことをする人たちのようには見えず、きっと彼女たちも綾音と同じく、理不尽な理由で囚われてしまったのに違いない。相手も綾音を同様に見たらしく、すぐに互いに馴染み、色々と親切に教えてくれた。
「起床! 起床! 起床!」
高声と共に鳴り響く振り鐘の音が、外の廊下を通り過ぎていった。
受刑者の一日は思想学習から始まる。朝済ますべきことを済ませ、起床から三十分後の六時半までには一階学習室のそれぞれ決められた席に着いていなければならない。受講者の数は意外に多く三十人ほども居て、講師には生徒会の人間が日替わりで立った。
思想学習といっても、その内容は下らないものだった。生徒会の独裁を正当化するための無理くりな理論や、現生徒会長の優れた人格や逸話や血統の与太話を延々と聞かされるのだ。
誰もがこれには閉口したが、講義の終わりにはその理解を確かめるために、必ず小テストが課されるので、聞き流すわけにもいかない。のみならず、それを聴く態度に少しでも不真面目な様子が見られると、容赦なく一食抜かれたり刑期を延長されたりするので、一瞬たりとも気が抜けない。授業が終わる頃には皆、精神的に疲れ果て、へとへとになっていた。
午後からは清掃作業に掛からされる。担当を割り振られ、それぞれ持ち場へと分かれてゆく。綾音は新入りの務めとして、本校舎すべてのトイレ掃除を任された。
思えば、ここへ入学した当初は、外部から雇われた掃除のおばさんたちをあちこちで見かけた。それがいつからか、その姿をすっかり消した。それでも学校中の環境が綺麗に保たれていたのは、いま考えると、収容所の受刑者たちがその役割を代わっていたのだ。
おそらく生徒会は、この仕事をまとめて請け負う代わりに、学校からおばさんたちに払われていたぶんの賃金をまるまる受領しているのだろう。綾音はスポンジタワシで便器の縁の裏側までゴシゴシと磨きながら、生徒会のがめつさを浅ましく感じた。
夕方、作業を終え、自分の監房に戻った綾音は、先に帰っていた先輩二人に、さっそく愚痴をこぼさずにはいられなかった。
「何で私があんなこと……腹が立って仕方がないです」
「アハハ。でも、これまで誰かにやってもらってたことの苦労が知れて、良い経験になってるでしょ」三年生の藤堂が言った。
「数が多過ぎです。本校舎のトイレ、一人で全部ですよ」
「うん、そうね。よく頑張った。褒めてあげる」
「あーあ、こんな酷い学校だって初めから知ってたら、絶対来なかったのに。親の薦めに従ったのが失敗でした。怨んでやる」
「まあ、親御さんとしては、あなたの将来の為を思ってのことでしょ。一応、この学校、世間では名門ということで通ってるし」
「この学校って、昔からずっとこんな感じなんですか? 生徒会が横暴過ぎません?」
鵬泉女子高等学校は、同名の女子大に付属する中高一貫校である。ただし綾音は数少ない高校からの外部受験合格者で、学校の内情等については比較的うとかった。
「昔は知らないけど、少なくとも、昨年度までは、ここまでじゃなかったわね。よその学校と比べて生徒会の権限はやはり大きかったけど、それをむやみに振りかざすようなことはなかったし、きちんと生徒会長選挙も行われてたし。あと、前は通いの娘もいたけど、全寮制になったのも今年度からよね」
「つまり、私と同じ一年生の広幡朋子さん、彼女が進学と同時に生徒会長に就任して以来、この学校はおかしくなっちゃったと」
「そういうことね」
綾音が広幡朋子生徒会長の姿を見たのは、入学式の日の一度きりである。その時には、まさか彼女がそんな物騒な人間であるとは思いもしなかった。壇上で何か原稿を棒読みしていた彼女は、肌がなまっちろくて、ちょっと肥満していて、綾音の目にはむしろ、人畜無害で気の弱そうな人物に見えた。
「いま思えば異様なことですけど、進学してすぐ生徒会長に任命されるだなんて、どんな次第でそんなことに?」
「さあ、私も生徒会報に書かれていた以上のことは知らないわ。つまり、前の会長が何か一身上の都合でもって職を辞さざるを得なくなって、それで彼女に禅譲したとしか」
「仮に禅譲などということが許されるとしても、その場合、引き継がせるべきは副会長あたりですよね。それまで生徒会と何の関係もない広幡さんの会長就任に異議を唱える二年生、三年生は誰も居なかったんですか?」
「もちろん、居たわよ。だけど、すぐにみんな、黙り込んじゃった」
「どうして?」
「彼女、中学の頃は、その存在を誰も気にしないぐらいの大人しい子だったらしいんだけど、昨年になって急に知られたことには、実は理事長の娘なんだって」
「……ほんと、ろくでもないですね、あの白豚」
「アハハ、ひどい、駄目でしょ、そんなこと言っちゃ、アハハハハハ」
六日目にして、誰か新入りが来たらしく、綾音は便所掃除を免れた。敷地奥に、小規模ながらちょっとした森林公園めいた区域があって、綾音の新しい仕事は、そのあいだをくねって巡る遊歩道まわりの落ち葉掃きと除草であった。木立を抜けてくる風は冷たかったが、とにかく動いていれば身体も温まり、もともと運動の嫌いでない綾音には打ってつけの作業であった。
ここの生活で何より辛いのは食事だった。朝はコッペパンとゆで卵、昼はご飯とほとんど具の無いみそ汁とソーセージ、夕はご飯と薄いコンソメスープともやし炒めと決まっていて、一切の例外がない。ご飯のおかわりだけは許されていて量に不服はないけれど、毎日同じ貧相なメニューで、見るたび流石にうんざりした。
ただ、それと思想学習と当初の便所掃除を除いては、特に耐えきれないといったほどのことはなかった。暖房の無い部屋の夜の寒さはちょっと辛かったが、粗末な物ながらも充分な数の毛布やらタオルケットやらは用意されていたし、綾音が最も心配した、新入りに対するイジメなども皆無であったし。同房の人間に恵まれたと綾音は思う。二人の先輩はどちらも、常に優しく親切だった。




