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第二十五話

 尻尾を巻いて逃げるしかなかった午後の出来事があまりに悔しくて、綾音はなかなか眠れなかった。朝方ようやく寝ついて、一度目覚ましが鳴ったが反射的に止めて、本格的な二度寝に入って間もなく、ドアからドンドンと音がして、また否応なく起こされた。

 ドアの前に血相を変えて立っていたのは白川憲兵隊長で、彼女は、とにかくこれを読んでくれと片手を差し出してきた。それはどうやら、どこかの掲示板から剥ぎ取ってきたらしい生徒会の告知文書で、綾音は眠い目をこすって、その内容に目を通した。

「入江恭子常務委員の請求に従い、六月十六日午後三時より、臨時に常務委員会が開催された。出席者は広幡朋子生徒会長、入江恭子常務委員(兼警備部長)、山本征子常務委員(兼公安部長)、堀川恵子常務委員(兼生活指導部長)の四人。審議を尽くしてのち採決を採り、以下の確認事項が全会一致により可決された。一つ、生徒会長は無二の存在にして、唯一、生徒会を代表する。一つ、本校生徒の総意により、引き続き、広幡朋子に生徒会長の任を負託する。以上」

 ほとんどの生徒はこれを読んでも、(多少の不自然は感じつつも)何を今更としか思わないだろう。しかし、生徒会長は実は二人居ることを知っている一部の者にとっては、その内容は全然只事でない。つまり、この告知は、広幡邑子生徒会長から代表権を奪うと共にその肩書をも外させると言っているのであり、事実上のクーデター宣言なのである。

 綾音は顔だけ洗って、寝巻代わりの体操着のまま部屋を出て、同じ階にある警備部の詰所に飛び込んだ(彼女は既に団員寮の部屋を引き払い、今は前任の収容所長であった北小路雪乃同様、収容所三階奥の所長宿直室で寝起きしていた)。ちょうど朝礼をしていたらしく、奥の席の前に入江警備部長が、部下たちの注目を集めて立っていた。

「あの告知は何? 冗談が過ぎるわよ」

「貴様、常務委員会の決定を冗談呼ばわりするのか?」

「その決定は無効よ。常務委員会と言い条、その委員の一人である私が参加していないんだから」

「そんなことは知らない。来なかったお前が悪い」

「委員会開催の報せを受けていないわ」

「変だな。確かに使いを送ったはずだが、何か手違いでもあったかな。まあ、いずれ、議案可決の要件は満たしていた。決議に瑕疵はなく、完全に有効だ」

「邑子会長の賛成がない決定が、有効なわけないでしょ」

「確かに、議案の成立には、生徒会長の賛成が絶対に必要だ。だが、それは別に必ずしも、邑子会長のものである必要もないだろう。朋子会長の賛成でも問題ないはずだ」

「朋子会長は代表権を持っていないわ」

「それがどうした。条文のどこにも、代表権のことなど書かれていない」

「書かれていなくとも、条文の趣旨を考えれば――」

「無駄な議論だ。止めよう。それよりお前はどうする気だ?」

「どうする気とは?」

「あくまで邑子を支持し、朋子会長への代表権移譲を認めないと言うのなら、我々としては、お前に処分を下さざるをえない。生徒会内の意思統一の為にな」

「好きになさい。あなたたちが何を決めようと、私には関係ないわ。私は私で勝手にやらせてもらうまでよ」

「後で泣き言言うなよ。明朝の告知を楽しみにしておけ」

「泣くのはどっちかしらね。私のこと、甘く見ない方がいいわよ」

 綾音は自信ありげにそう言い捨てて踵を返したが、実のところ、何の算段も持っていなかった。できれば、今すぐ憲兵隊を集めて、入江を緊急逮捕してしまいたいと思う。しかしその時、部屋の中には十人以上の警備部員が居たし、その中には、昨日やり合った特にごつい連中もちらほらと見える。仮に逮捕を試みたところでまた、同じ場面を再現するだけだろう。

 綾音は授業に出ず、自室に籠り、一日中考えた。しかし結局、どんな良い考えも浮かんでこなかった。

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