第二十四話
昼食を共にしようとの誘いを邑子会長から受けていた綾音は、昼休みを待ち、校舎の玄関の広い庇まで出て、左右を見回した。いつもであれば、既に誰か迎えが待っていて、綾音を見るなり寄ってくるのであるが、今日はそれがない。綾音はそのことに幾らか不審を覚えながらも、さほど気にすることもなく、ひとり傘を差し、ぬかるむ足下を気づかいながら、生徒会長公邸へと向かった。
門でインターフォンを鳴らすと、いつもと同じ大きい女の太い声が応えた。警備部警衛隊隊長の熊田照子だ。綾音が来意を告げると、彼女は意外なことに「今日は会長はお会いになれません」と言った。
「何かあったの?」
「具合が悪いそうです」
「昨日まで元気だったのに。病気か何か?」
「風邪だと思います」
「熱はあるの? 医者には診せた?」
「そんな大袈裟なものでは」
「お見舞いするから、ここを開けて」
「駄目です。感染るといけません。今日はお引き取りを」
不審を感じた綾音は校舎に戻ると、白川憲兵隊長を呼び出し、すべての隊員の集合を命じた。集まるとすぐに、それらを率いて再び公邸を訪れ、改めてインターフォンを押した。
インターフォンはどれだけ待っても何度鳴らしても、今度は何も応えなかった。しびれを切らせた綾音は用意してきたハシゴを門に立て掛けさせ、自分が先頭になって突入する気で傘を捨てた。
その時、家屋の玄関が開いて、ジャージ姿の女の群れが出てきた。群れは傘も差さずに駆けてきて、門とフェンスの向こうに並んで立った。
その数は八人で憲兵隊の半分にも満たないが、すべて警備部の精鋭に違いなく、皆身体がごつい。最後に熊田警衛隊長がのしのしと敷石を踏んでやってきて、フェンスの向こうから綾音に言った。
「会長でしたら、最前言ったとおり、お会いになれません。どうか、お帰りを」
「いいからすぐにこの門を開けて、私を公邸に入れなさい。これは命令です」
「私の直接の上司は、あなたと同じ常務委員にして警備部長の入江恭子です。彼女以外の人間から命令を受けるつもりはありません」
「公務執行妨害で逮捕するわよ」
「……やれるもんならやってみろ、この売女めが!」
熊田が、慇懃を装ったこれまでの態度を一変させて、荒々しく吼えた。門が開き、中からジャージの女たちが全て出てきて、憲兵隊の面々に襲い掛かってきた。
おそらくは全て何らかの運動部員である女たちに、憲兵隊はまるで敵わなかった。あっけなく蹴散らされ、勝手に逃げ帰る者が続出した。
「ほら、早く私を捕まえてみろよ」熊田が、つかみ倒され尻餅をついた綾音を嘲笑った。
「お、お、覚えてなさい!」綾音も、べたな負け犬のセリフを残して、逃げ帰った。




