第二十三話
五月上旬の一日、綾音と同じく常務委員の一人で公安部長の山本征子が、収容所の所長室に恐い顔をしてやってきた。要件は、近頃立て続けに憲兵隊から逮捕され収監された数人の公安部員を全てすぐに釈放してほしいというもので、綾音はこれをにべもなく拒否した。
「だいたい彼女らが何をしたと言うんだ?」
「一般生徒に対する暴行」
「暴行と言っても、取り調べに際してのものだろ。犯罪者を叩いて何が悪い」
「その時点で彼女らはまだ容疑者であり、犯罪者だと決まっていたわけではないはずよ。そもそも、仮に罪状どおりの犯罪者だとしても、これに暴力を振るっていい理由などどこにも無いわ」
「理由はある。暴力を使わないで、どうやって自白させる?」
「自白のみに頼ることが根本的に間違ってる。違反の立証は原則として、証拠をもってすべきでしょ」
「そんなのは綺麗ごとの不可能事だ。だいたい私たちは、代々このやり方でやってきた。それを今さら変えられるか」
「あなたの考えがどうあれ、変えなきゃ仕方ないでしょ。通達も出てるんだから」
「お前が勝手に出した通達など知るか!」
「確かに、あの通達の起案者は私だけれども、いずれ、生徒会長の承認をきちんと貰った正規の通達であることに変わりはないわ。あなた、生徒会長の指示をないがしろにするの?」
公安部長は恐い顔を一層凶悪にゆがめて口を開きかけたが、ついにそこから言葉が出てくることは無かった。諦めてきびすを返し、ドアを乱暴に音高く閉めて、出て行った。
綾音の生徒会改革は、これだけに止まらなかった。他にも、現在一審のみの裁判制度を二審制に改めたり、青年団員の優遇を認める各種の規則を廃止したり、一般生徒からの苦情受付窓口を開いたり。
何を変えるにおいても、必ず少なくない反対者が居たが、綾音はそれらに斟酌を加えず、あくまで全てを断行した。憲兵隊を自在に操り、(代表権を持った方の)生徒会長の覚えもめでたい綾音に真っ向から抗える人間は、もはや存在しなかった。
「今の囚人の粗末な食事内容を、いささかなりとも改善できないかと考えてます。茶道部、華道部、馬術部等、実状として青年団員のサロンと化しているこれらの部の活動費を削れば、それは可能だと思うんですけど、いかがなものでしょう?」
「いいんじゃない。そうしなさい。書類を作って、持ってきて」
広幡邑子生徒会長は、綾音の上申をことごとく受け入れ、拒むことを知らなかった。あたかも立憲君主国の名目上の元首、あるいはラスプーチンに操られる皇后アレクサンドラのように。何か考えがあってそうしているのか、単にお人好しなのか知らないが、良くも悪くも懐の広い女だと、綾音は彼女から各種の書類にハンコを貰うたびに思った(広幡姉妹が生徒会長に就任して以来、生徒会が次第に横暴になっていったのは、まさに、常務委員の輔弼に全て従うという邑子のその態度の悪い面が出たものであろう)。
綾音の改革はこの調子でずっと進むと、本人含めほとんど誰もが思っていた。しかし、しとしとと梅雨の降り続ける六月十六日の午後のこと、ある事件が勃発し、状況は一変した。




