第二十一話
その夕方、綾音は早速、議長から呼び出しを受けた。指定の場所はプレハブ造りの卓球場で、行くと、卓球部の練習着らしい半袖短パンを着た女が一人、薄闇の中、電気も点けずに、床にモップを掛けていた。
「こんばんは。あの、卓球部の元副部長を、ここに訪ねるように言われて、来たんですけど」
「私よ。待ってたわ。入って」
「この度は誠に申し訳ありませんでした。いくらそそのかされたとはいえ、あのような――」
「そのことは、もういいの。それより、今後のことを話しましょう」
議長は見た目、これといった特徴のない地味な女だった。中肉中背で平凡な顔立ちをしていて、とても、鵬泉解放戦線などという不穏な団体の長を務めているようには見えない。しかし、人は見かけに寄らないと言うし、実際、あの策略家の麗羅との政争において、一度も遅れを取らなかったほどの女だ。油断はできない。
綾音は、あるいはこの会見も罠かもしれないと、常に周囲にも気を付けつつ、相手の話を聞いた。
「それでね、あなたにはこれまで通りに活動してほしいの。但し、より慎重にね」
「より慎重に、ですか?」
「そう。実は今、水面下で、生徒会とのあいだに話し合いを持ってるの。内容は生徒自治の民主化について。すべての要求が通るというわけには流石にいかないでしょうけど、いくつかの重要な点において、譲歩を引き出せそうな感触がないではないの」
「つまり、この大事な時期に、余計なことをするなと」
「別にあなたを信頼してないわけじゃないわ。ただ、もし今、あなたの正体が生徒会にばれるようなことでもあれば、彼女らの私たちに対する不審は抜きがたいものになるでしょうし、そうなれば、これまでの話し合いの成果が全てご破算になっちゃう。そういった万一の事態を避けたいの」
「……わかりました。私に否やはありません。議長がそうおっしゃるなら、もちろんそのように」
綾音はもちろん不満だったが、今の弱い立場では何を言えるものでもなかった。
それにしても、最近になって急に議長が穏健化したのはなぜだろう、と思う。今日初めて会ったとはいえ、風の便りや関係筋の話に、意思の固い厳しい女だと聞いていたのに。何が、彼女の心を変えたのか。
その疑問が解けたのは、それから二週間ほど経ったある日の放課後のことだった。掲示板に系列の大学への内部進学決定者の名簿が張り出されていて、その中に議長の名前も載っていたのだ。
この名簿は生徒会により作成され、いつでも好きに編集される。校長はこれに、常に機械的に承認印を押すに過ぎない。つまり議長は今になり、自分の将来が惜しくなったのだろう。ここで下手を打ち、生徒会から摘発され、名簿から外されるようなことがあってはかなわない。
ちなみに、あくまで強硬路線にこだわった麗羅は医学部志望の外部受験組だった。だから、生徒会の連中からどう思われようと、仮に卒業まで収監されようと、はなから平気――とまでは言わないまでも、少なくとも議長ほどには困ることはなかったと言っていい(受験の為の外出は、流石に必ず認められる)。
生徒会との話し合いは結局、何一つ纏まらなかったようだ。比較的平穏に月日が過ぎてゆき、綾音は三年生になった。




