第十九話
憲兵隊長になって、綾音の得られる生徒会の内部情報の質は上がり、量も増した。元より解放戦線のスパイである彼女は、それらの情報を自身の細胞(班)の長である望月麗羅にせっせと流し続けた。
しかし、生徒会長は実は二人存在するという、特級の機密情報についてのみは、まだ伝えていない。万一、この情報が漏れ拡がった場合、その出所として、自分が真っ先に疑われるであろうことを恐れてのことだ。
万事に慎重な麗羅がそんなヘマをするとも思えないが、もし、それを公にした方が自分たちの目的により資すると判断すれば、彼女は平気で綾音を犠牲にするだろう。綾音は、活動家としての麗羅の能力には信頼を置いていたが、一方で、しばしば詐謀を用いる彼女の人間性には、いまや強い疑いを抱いていた。
いずれ麗羅は、綾音のもたらす情報のお陰により、いつしか解放戦線の最高幹部会に出席が許されるまでに、その立場を強くしていた。衣替えも終わり、ようやく涼しさを感じられるようになり始めた十月中旬の一日、綾音は定期連絡で訪れた例のケヤケの大木の下で、その麗羅から、驚くべき相談を持ちかけられた。
「我らが解放戦線のトップ――議長とその取り巻きの数人を、憲兵隊の手で一斉に逮捕して、しばらく監禁してほしいの。何とかならないかしら?」
「……穏やかじゃないですね。どういうことですか?」
「実際に話してみて、わかったんだけど、あの議長には、本気で生徒会を倒す気なんて、どうやら無いらしいの。彼女が求めているのはあくまで、公正な生徒会長選挙の実施で、それさえ約束してもらえるなら、今の生徒会の体制をそのまま残しても構わないと考えてるみたいなの」
「公正な選挙が本当に保証されるのなら、それでもいいのでは?」
麗羅は、おやっと言うように首をかしげて、
「どうしたの。調子でも悪いの?」
「いや、別に、どうしてですか?」
「あなたのことだから――そんな穏当な仕方では奴らの罪をあがなわせることはできない。奴らに地獄を見せないかぎりどんな達成も無意味だ――ぐらいなこと、言うかと思ってたけど」
「……人のことをそんな、本当の鬼か何かみたいに言わないでください。もちろん今でも奴らに対する恨みはありますけれども、公憤と個人的復讐心をごっちゃにするほど、私は愚かでないつもりですよ」少しにらむように上目づかいをして、綾音は言った。
「とにかく、勝手きわまる今の生徒会が、公正な選挙の実施なんて要求、飲むと思う?」
「ありえないですね。でも議長には、何か考えがあるんでしょ。その無理を飲ませるための手段について」
「話し合い」
「は?」
「多くの生徒の支持を背景に、道理をもってねんごろに説き聞かせれば、やがて相手も承服せざるをえないだろうって」
「いやいやいやいや、そもそも、話し合いなどでは埒が明かないからこそ、その相手を実力でもって倒すべく、解放戦線が結成されたわけでしょ。議長はまた、今さら何でそんなことを……」
「まったく、こっちが聞きたいわよ、ほんとに」
綾音はもちろん、議長とは面識がない。それどころか、どこの誰とも聞かされていない。それだけに、麗羅の話がどこまで本当だか確かめようはなく、ちょっと怪しいなとも思う。あるいは彼女のことだから、単に自分が解放戦線内で権力を握るために、綾音をだまして、そそのかしているだけかも。
しかし綾音は生徒会の憲兵隊長として、彼女独自に解放戦線の最近の動向について、少なくない事実をつかんでいた。そして、それらの一つ一つ(検挙人員や押収するビラの数が減少傾向にあること等)を、解放戦線の議長が日和ったということを前提にして見返すと、確かに辻褄の合うことが多いといえば多い。
彼女は人差し指の節を無意識に口に含んで、しばらく様々に考えを巡らせていたが、やがて、面を上げると、静かに、だがはっきりと言った。
「わかりました。議長らを一斉に逮捕します。対象のリストを作って、私に下さい」
「ありがと。恩に着るわ」
「あと、彼女らを排除した後の組織を、すぐに混乱なく掌握するための段取りも、きちんと考えておいてください」
「もちろんよ」
その時、少し離れた所の藪の一部が、不自然にガサリと音を立てた。尾行でも付いていたかと、綾音は緊張する。麗羅がだしぬけに綾音を抱きしめてきて、その耳元でささやいた。
「大丈夫、話は聞こえてない。このまま、ただの逢引きに見せかけるわよ」
麗羅が眼鏡を取って、唇を重ねてきた。綾音も強く抱きしめ返して、相手の口内に舌を入れた。本来ピンチなはずのこの状況を、どちらも演技の域を越えて、しばらくのあいだ楽しんだ。




