第37話 聞こえた名前
昼休みが終わり、五時間目へ向かうために廊下を歩いていた。
「桃華、次って移動教室だよね?」
朝比奈桃華が笑顔でうなずく。
「うん! 理科室だよ!」
「危なかった……忘れるところだった。」
二人は並んで歩き始める。
すると、前の角から数人の女子生徒が歩いてきた。
「あっ……!」
女子たちはこむぎを見ると、一瞬目を丸くした。
「こ、こんにちは!」
「こんにちは。」
こむぎも笑顔で返す。
そのまますれ違った――はずだった。
「……危なかった。」
「もう少しで本人に聞こえるところだったね。」
「うん、気をつけないと。」
小さな声。
こむぎは思わず足を止めた。
「……?」
「どうしたの?」
桃華が振り返る。
「今……『本人』って聞こえたような。」
「気のせいじゃない?」
「そうかな……。」
少し引っかかりながらも、二人は理科室へ向かった。
放課後。
帰る準備を終えたこむぎは、先生に頼まれたプリントを職員室へ届けることになった。
「じゃあ先に昇降口で待ってるね!」
「うん、すぐ行く。」
プリントを届け、教室へ戻ろうとしたとき。
曲がり角の向こうから、楽しそうな声が聞こえてきた。
「今度の活動、どうする?」
「結果発表のお祝いもしたいよね!」
「でも本人には絶対バレちゃダメ!」
「もちろん!」
こむぎは思わず立ち止まる。
(活動……?)
何の話だろう。
少しだけ気になった、その時。
「──ファンクラブなんだから。」
その一言が耳に入った。
(……ファンクラブ?)
思わず顔を上げる。
しかし、ちょうどその瞬間。
「あっ!」
誰かがこむぎに気づいた。
「しっ!」
慌てて話を止める女子たち。
「じゃ、じゃあまた明日!」
「うん!」
あっという間にみんな散っていく。
廊下には、こむぎだけが残った。
「……ファンクラブ?」
誰の?
部活のこと?
それともアイドル?
考えても答えは出ない。
「こむぎ?」
後ろから声がした。
振り返ると、東雲悠真が立っていた。
「何してる。」
「えっと……今、ファンクラブって聞こえて。」
悠真は一瞬だけ目を見開く。
でも、すぐにいつもの表情へ戻った。
「……そうか。」
短く、それだけ答える。
「知ってるの?」
「いや。」
少し間を空けてから続ける。
「気にしすぎるな。」
そう言って歩き出す。
こむぎも後を追いながら、小さくつぶやいた。
「……誰のファンクラブなんだろう。」
その疑問は、まだ答えを知らないまま。
少しずつ、本当の答えへ近づいていくのだった。




