第129話 変わった噂
放課後。
こむぎと桃華は、部活へ向かうために商店街を歩いていた。
「今日も暑いね。」
桃華が手で顔を仰ぐ。
「うん。」
こむぎも空を見上げる。
「まだ夏って感じするね。」
商店街には、学校帰りの学生や買い物をする人たちが行き交っている。
二人は並んで歩きながら、いつものように話していた。
「そういえば、昨日の数学の宿題さ。」
「うん。」
「私、最後の問題だけ分からなかったんだけど――」
その時だった。
少し前の方から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「だから、何回言えば分かるの?」
こむぎが足を止める。
「……あ。」
桃華も前を見る。
そこにいたのは、緑のメッシュが入った髪の少女だった。
あの少女――。
商店街で何度か見かけた、中学生。
「また、あの子だ。」
桃華が小さく言う。
少女の前には、同じくらいの年齢の女の子が二人いる。
「別に、そんなつもりじゃなかったし。」
「でも、言い方ってものがあるでしょ。」
「私は普通に言っただけだけど。」
少女は腕を組みながら答える。
「それが怖いって言ってるの!」
「……は?」
少女が少し眉をひそめる。
「私、別に怒ってないけど。」
「そういうところだよ!」
「だから何が?」
話している二人は、少し困ったような顔をしていた。
こむぎと桃華は、少し離れた場所から様子を見ている。
「なんか、また揉めてるね。」
桃華が呟く。
「うん……。」
こむぎも頷く。
すると、女の子の一人が小さくため息をついた。
「もういいよ。」
「え?」
「どうせ話しても分かってくれないし。」
そう言って、二人はその場を離れていく。
「……。」
少女はその背中を見送る。
「何なんだよ……。」
小さく呟いた。
その声は、さっきまでより少しだけ弱かった。
けれど――。
「……まあ、いいや。」
少女はすぐに顔を上げる。
「帰ろ。」
一人で歩き始める。
こむぎたちは、その姿を目で追った。
「……。」
「こむぎ?」
「ううん。」
こむぎは首を横に振る。
「なんか、ちょっと意外だった。」
「何が?」
「さっきまで、あんなに強気だったのに。」
「確かに。」
桃華も少女の背中を見る。
「でも、あの子ってやっぱり怖いよ。」
「うん。」
こむぎも頷く。
「……でも、前に見た時とは少し違う気がする。」
「前?」
「ほら、商店街で男の子たちと揉めてた時。」
「ああ。」
桃華が思い出す。
「確かに、あの時はもっと怖かったね。」
二人が話していると、近くを通った中学生たちの会話が耳に入った。
「ねえ、あの子知ってる?」
「ああ、あの緑のメッシュの子?」
「そうそう。」
「有名だよね。」
「『翠の鬼姫』でしょ?」
こむぎが振り返る。
「……やっぱり、その名前なんだ。」
「うん。」
桃華も頷く。
「この辺では有名みたいだね。」
「でも、なんでそんな呼ばれ方してるんだろ。」
「さあ?」
二人は顔を見合わせる。
その少し先では、少女が一人で歩いていた。
「……。」
少女は後ろを振り返らない。
けれど、さっきの会話は聞こえていた。
「翠の鬼姫、か……。」
小さく呟く。
「……勝手に呼べばいいじゃん。」
そう言いながら、少女は歩き続ける。
しばらくすると、商店街の端までやってきた。
そこで、少女はふと足を止める。
ショーウィンドウに映った自分の姿を見る。
緑のメッシュ。
少し鋭い目つき。
乱れた髪。
「……。」
少女はしばらく自分を見つめる。
そして――。
「……変なの。」
小さく笑った。
何が変なのか。
少女自身にも分からない。
ただ、少しだけ眉を寄せる。
「……まあ、いいけど。」
少女はそれ以上何も言わず、再び歩き始めた。
一方、こむぎと桃華はまだ商店街を歩いていた。
「なんか、気になるね。」
桃華が言う。
「うん。」
こむぎも頷く。
「強いし、怖いし……。」
少し考える。
「でも、それだけじゃない気がする。」
「こむぎ、珍しく気になってるね。」
「そうかな?」
「うん。」
桃華が笑う。
「まあ、私もちょっと気になるけど。」
「じゃあ、また見かけたらどうする?」
「どうするって?」
「話しかけてみる?」
「えー。」
桃華が少し考える。
「今はやめといた方がいいんじゃない?」
「……そうだね。」
二人はそのまま商店街を抜けていく。
その背中を、遠くから見つめる少女。
「……。」
けれど、少女は何も言わなかった。
ただ、少しだけ目を細める。
そして――。
「……また会ったら、その時でいいか。」
小さく呟いて、歩き出した。




