第125話 噂
昼休み。
こむぎと桃華は、教室で昼食を食べていた。
「こむぎ、これいる?」
「え?」
桃華が自分のお弁当からおかずを一つ差し出す。
「食べる?」
「いいの?」
「うん。」
「じゃあ、もらう!」
こむぎが嬉しそうに受け取る。
「ありがとう。」
「どういたしまして。」
二人が昼食を食べていると、近くの席から男子たちの話し声が聞こえてきた。
「なあ、知ってる?」
「何が?」
「この辺に、すごい中学生がいるらしい。」
「中学生?」
こむぎが何となく耳を傾ける。
「そう。女の子なんだけど、かなり有名らしい。」
「何で?」
「喧嘩が強いんだって。」
「マジ?」
男子たちが顔を見合わせる。
「しかも、変なあだ名がついてるらしい。」
「どんな?」
「『翠の鬼姫』。」
「……翠の鬼姫?」
こむぎが思わず呟く。
桃華も興味を持ったように振り返る。
「何それ?」
「俺も詳しくは知らないけど、この辺の中学じゃ有名らしい。」
「そんなに?」
「うん。」
別の男子が話に加わる。
「先生にも結構反抗するらしいぞ。」
「うわ……。」
桃華が少し引いた顔をする。
「それ、かなりの問題児じゃん。」
「でも、実際に見たことあるやつは少ないんだよな。」
「噂だけが一人歩きしてる感じか。」
「そうそう。」
こむぎは話を聞きながら首を傾げる。
「どんな子なんだろう。」
「こむぎ、気になるの?」
「ちょっとだけ。」
こむぎが笑う。
「だって、そんな名前ついてる人って気になるじゃん。」
「まあ、それは分かる。」
桃華も頷く。
昼休みが終わり、二人はその話を忘れかけていた。
そして――。
放課後。
「今日も部活だね。」
桃華が鞄を持ちながら言う。
「うん。」
こむぎも頷く。
二人は体育館へ向かう。
その途中。
「そういえば、さっきの話。」
桃華が思い出したように言う。
「翠の鬼姫?」
「うん。」
「どうしたの?」
「ちょっと気になって。」
「私も。」
二人は笑いながら歩く。
体育館へ向かう道から少し外れたところに、小さな商店街がある。
そこを通っていると――。
「……あれ?」
こむぎが足を止めた。
「どうしたの?」
桃華も立ち止まる。
こむぎの視線の先。
商店街の端に、一人の少女が立っていた。
年齢は、自分たちより少し下に見える。
長い髪。
そして、その髪の中に目立つ緑色のメッシュが入っている。
「中学生かな?」
桃華が小声で言う。
「たぶん。」
少女は自動販売機の前で飲み物を買っていた。
制服は少し着崩している。
けれど、特に周りを騒がせている様子はない。
「普通の子に見えるね。」
桃華が言う。
「うん。」
こむぎも頷く。
その時だった。
少女がこちらを向いた。
「……。」
目が合う。
こむぎが少し驚く。
少女は二人をじっと見る。
そして――。
「……何?」
少しぶっきらぼうな声。
「えっ。」
こむぎが戸惑う。
「ご、ごめん。」
「別に。」
少女はそう言うと、飲み物を持って歩き始める。
「……。」
二人はその後ろ姿を見送る。
「こむぎ。」
「うん。」
「もしかして……。」
桃華が少女の髪を見る。
「緑のメッシュ。」
「……。」
こむぎも気づく。
昼休みに聞いた話。
『翠の鬼姫』。
「まさかね。」
「でも……。」
二人は顔を見合わせる。
少女は少し先で立ち止まる。
そして振り返った。
「……あたしのこと、何か言った?」
「え!?」
こむぎが慌てる。
「い、言ってないよ!」
「そう?」
少女は二人を見たあと、少しだけ笑った。
「ならいいけど。」
そのまま歩いていく。
「……。」
こむぎと桃華は、しばらくその場に立っていた。
「やっぱり、ちょっと怖いかも。」
桃華が小さく言う。
「うん……。」
こむぎも頷く。
けれど。
なぜか、こむぎは少女のことが少し気になっていた。
「……あの子が、翠の鬼姫なのかな。」
遠ざかっていく緑色のメッシュを見ながら、こむぎは呟いた。




