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第121話 夏休み明け

朝。


久しぶりに足を踏み入れた教室には、夏休み前と変わらない賑やかな声が響いていた。


「眠い……。」


こむぎは自分の席に座ると、机に頬をつけた。


窓から差し込む朝の光が少しまぶしい。


「分かる。」


隣では桃華も眠そうに目をこすっている。


「昨日までゆっくり寝てたから、急に朝早く起きるのきついよね。」


「うん……。」


こむぎは小さく欠伸をする。


「でも、ちゃんと起きられたじゃん。」


「ギリギリだけどね!」


「それは威張れないよ。」


「いいの!」


桃華が笑う。


そのとき、後ろから聞き慣れた声がした。


「こむぎ、おはよう。」


「おはよう、悠真!」


振り返ると、悠真が立っていた。


「久しぶりだな。」


「うん。久しぶり!」


「なんか、学校に来るの久しぶりな感じするな。」


「分かる!」


こむぎは頷く。


「昨日までずっと夏休みだったから、朝から制服着てるのがちょっと変な感じ。」


「俺も。」


悠真が自分の制服を見る。


「でも、みんなに会うのはやっぱり嬉しいな。」


「それはそうだね。」


こむぎが笑う。


「夏休みも楽しかったけど、学校も楽しいし。」


「夏祭りもあったからね。」


桃華が話に入る。


「楽しかったなぁ。」


こむぎは少しだけ目を細めた。


屋台の明かり。


人の多さ。


金魚すくいで取った、とまとちゃん。


夏休みの出来事が頭の中に浮かぶ。


「金魚すくいもしたし。」


「とまとちゃん元気?」


桃華が聞く。


「元気だよ!」


こむぎの顔が明るくなる。


「毎日ちゃんと泳いでる。」


「よかったじゃん。」


悠真も笑った。


そこへ、凜空がやってくる。


「おはよう!」


「凜空、おはよう!」


「いやー、夏休み終わっちゃったね。」


凜空が残念そうに言う。


「もうちょっと休みたかったな。」


「私も。」


桃華が頷く。


「でも、学校始まったし、またみんなで話せるじゃん。」


「それもそうだね。」


こむぎが笑う。


「そういえば、みんな宿題終わった?」


こむぎが三人を見る。


「もちろん。」


悠真がすぐに答える。


「俺も終わってる。」


凜空も頷く。


そして――。


桃華が黙った。


「……。」


こむぎが桃華を見る。


「桃華?」


「終わってるよ!」


桃華が少し慌てて答える。


「今の間、何?」


「ちゃんと終わってるって!」


「本当に?」


「本当!」


桃華は胸を張る。


「昨日の夜に全部やった!」


「それ、終わったって言うのかな……。」


悠真が苦笑する。


「終わったんだからいいの!」


「まぁ、そうだけど。」


四人で笑う。


そのとき、教室にチャイムが鳴り響いた。


「席ついてー!」


先生の声が聞こえる。


「じゃあ、また後でね。」


「うん!」


四人はそれぞれ自分の席へ戻っていった。


久しぶりの授業。


最初は少し眠かったこむぎも、黒板に書かれていく文字を追っているうちに、少しずつ普段の感覚を取り戻していった。


休み時間。


桃華がこむぎの席へやってくる。


「こむぎ、今日の放課後どうする?」


「部活だよ。」


「そっか。」


桃華が思い出したように頷く。


「夏休みの部活も楽しかったけど、学校終わってからの部活って久しぶりな感じするね。」


「確かに。」


こむぎは窓の外を見る。


空はまだ夏らしく青く、校庭からは蝉の声が聞こえていた。


「暑いのはまだ変わらないけどね。」


「それは嫌だなぁ。」


桃華が苦笑する。


「体育館も暑そう。」


「水分いっぱい持っていこうね。」


「うん!」


放課後。


チャイムが鳴ると、生徒たちが一斉に教室を出ていく。


こむぎと桃華も荷物をまとめ、体育館へ向かった。


廊下には久しぶりの部活動へ向かう生徒たちの姿が多く見える。


体育館へ着くと、すでに何人かの部員が集まっていた。


「お疲れ。」


湊が声をかける。


「お疲れさまです!」


こむぎと桃華が返事をする。


「学校始まったばっかりだし、今日は少し軽めにするぞ。」


「はい!」


瑠衣も準備をしながら頷く。


「一年生も、無理しないようにね。」


「はい!」


少しずつ部員が集まってくる。


「お疲れー!」


蒼と颯馬が入ってきた。


「二人とも元気だね。」


こむぎが笑う。


「夏休み明け初日だからな!」


蒼が答える。


「俺はもう疲れたけど。」


颯馬が苦笑する。


「早すぎない?」


こむぎが笑った。


少し遅れて、真斗も体育館へ入ってくる。


「お疲れさまです!」


「お疲れ、真斗くん。」


こむぎが声をかける。


「お疲れ、こむぎちゃん。」


真斗は笑って返した。


そのままコートへ向かおうとした真斗だったが、ふと足を止める。


こむぎが桃華と話しながら、ボトルを並べている。


その頭の上で、水色の猫耳がぴょこっと動いた。


真斗は何となく、その様子を眺めていた。


「おい。」


隣から蒼の声がする。


「ん?」


「何ぼーっとしてんだ?」


「いや。」


真斗はこむぎから視線を外す。


「猫耳って、やっぱ可愛いなって思って。」


「そこかよ。」


蒼が笑う。


「まあ、分からなくもないけど。」


「だろ?」


「お前、前からそういうの好きだったっけ?」


「別に。」


真斗は肩をすくめる。


「なんとなく。」


すると颯馬が横から顔を出した。


「またこむぎちゃん見てたろ。」


「見てないって。」


「いや、見てたじゃん。」


「ちょっと見ただけだよ。」


「それを見てたって言うんだよ。」


「うるさいなぁ。」


真斗は苦笑しながらコートへ向かう。


「ほら、練習始まるぞ。」


「はいはい。」


蒼と颯馬も後を追った。


一方、こむぎはそんなやり取りがあったことには気づいていなかった。


「ボトル、これで全部かな?」


「うん。たぶん大丈夫!」


桃華が答える。


「じゃあ、あとはタオルだね。」


二人は準備を続けた。


やがて、練習が始まる。


「一年生、まずアップ!」


「はい!」


湊の声に合わせて、一年生たちが走り始める。


体育館には、シューズが床を擦る音や、ボールが弾む音が響いていた。


夏休み中とは違って、明日にはまた授業がある。


今日は少し早めに練習を終える予定だった。


しばらくして、休憩時間。


真斗がコートの端からこむぎの方を見る。


桃華と話しているこむぎが、ボトルを一本手に取った。


「……。」


少しして、真斗がこむぎのところへやってくる。


「こむぎちゃん。」


「ん?」


「ボトル、もらっていい?」


「あ、うん。はい、真斗くん。」


こむぎがボトルを渡す。


「ありがとう。」


真斗はボトルを受け取ると、一口飲んだ。


「学校始まると、やっぱり忙しくなるね。」


「そうだね。」


「夏休みの方がゆっくりできたなぁ。」


「分かる。」


こむぎが笑う。


「でも、みんなに会えるのは嬉しいかも。」


「うん。」


真斗も頷く。


「俺も、久しぶりにみんなと話せて楽しいよ。」


「そっか。」


こむぎは小さく笑った。


「じゃあ、休憩終わる前に戻った方がいいよ。」


「そうだね。」


真斗が立ち上がる。


「ありがとう、こむぎちゃん。」


「うん。」


真斗はコートへ戻っていった。


こむぎも仕事へ戻る。


すると、桃華が隣にやってきた。


「真斗くん、結構こむぎに話しかけるね。」


「そう?」


「うん。」


こむぎは少し考える。


「前よりは増えたかも。」


「だよね。」


「でも、まだちょっと変な感じする。」


「タメ口?」


「そう。」


こむぎが笑う。


「前は敬語だったから。」


「そのうち慣れるって。」


「うん。」


こむぎはコートへ視線を戻す。


真斗は蒼や颯馬たちと話しながら練習を続けている。


「楽しそうだね。」


「そうだね。」


二人はそのまま練習を見守った。


その後も練習は順調に進んでいった。


「真斗、パス!」


「はい!」


真斗から蒼へボールが渡る。


蒼が走り込み、そのままシュートを決めた。


「ナイス!」


「次、俺!」


颯馬がすぐに動き出す。


一年生たちも声を掛け合いながら練習を続けている。


新しく部長になった湊も、一人ひとりに声をかけていた。


「いいぞ、そのまま!」


「はい!」


体育館には、夏休み前と変わらない明るい声が響いていた。


そして、練習終了の時間。


「今日はここまで!」


湊の声が体育館に響く。


「ありがとうございました!」


全員が頭を下げる。


片付けが始まる。


こむぎはボトルを集め、桃華はタオルをまとめていく。


「こむぎちゃん。」


真斗がまた近づいてくる。


「なに?」


「今日もありがとう。」


「どういたしまして。」


「じゃあ、また明日ね。」


「うん。また明日。」


真斗は笑って、蒼たちのところへ戻っていく。


「真斗、また話してたな。」


蒼がニヤッとする。


「いいだろ、別に。」


「まあな。」


颯馬も笑う。


「でも、ほどほどにな。」


「分かってるって。」


真斗は苦笑しながら靴を履いた。


少し離れた場所では、こむぎが桃華と話している。


「帰ろうか。」


「うん!」


二人は体育館を出る。


外へ出ると、夕方の空が広がっていた。


昼間の暑さが少しだけ和らぎ、校舎の影が長く伸びている。


「疲れたー!」


桃華が腕を伸ばす。


「久しぶりの学校と部活だったからね。」


「明日からまた普通に学校かぁ。」


「そうだね。」


こむぎは空を見上げる。


「でも、なんか安心するね。」


「何が?」


「こうやって学校行って、部活して、帰るの。」


こむぎが笑う。


「夏休みも楽しかったけど、やっぱりいつもの日常もいいなって。」


「分かる!」


桃華も笑った。


少し前には、悠真と凜空の姿が見える。


「おーい!」


こむぎが声をかける。


二人が振り返る。


「一緒に帰ろう!」


「おう。」


悠真が答える。


「いいよ!」


凜空も笑う。


四人は並んで歩き始めた。


夏休みは終わった。


祭りも終わった。


部活の休みも終わった。


けれど――。


こむぎたちの毎日は、これからも続いていく。


いつもの学校。


いつもの部活。


いつもの仲間。


少しずつ変わっていくものもある。


それでも今は、そんな何気ない日常が戻ってきたことが、こむぎには少し嬉しかった。

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