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第92話 「あんた、昨日言ったこと、本気?」

 朝光で目が覚めた。体が重かった。


 だが昨日よりは動く。枕元に、フィオレが座っていた。


 膝の上で湯気の立つ椀を抱えて、私が目を開けるのを待っていた、というふうだった。耳がぴくんと立ち上がる。



「お嬢様、おはようございます。お母様の煎じ薬、温め直しました」



 フィオレが椀を口元に運んでくれた。私は唇を開けて、温かい液体を一口、二口と飲んだ。


 乾燥したハーニア葉の苦み。それから、体の芯に染みていく、すうっとした清涼感。


 母の薬草。



「ありがとう、フィオレ」



「ずっと、お側に居りました」



 フィオレの耳が、嬉しそうに前に傾いた。起き上がって、窓を開けた。


 朝の冷たい空気が頬を打った。縁側で、二つの影が並んでいた。


 ミナとトールだった。ミナが座っている。


 脇腹に包帯を巻いたまま、膝の上で拳を握っている。横にトールが座っている。


 盾を背中に立てかけて、両手を膝に置いて、前を向いている。二人の間に、拳一つ分の隙間があった。


 ミナの声が聞こえた。



「あんた、昨日言ったこと、本気?」



 トールの肩が一度だけ強張った。



「本気っす」



 ミナの拳が、膝の上で開いた。指が震えていた。



「あたしも、ずっと、あんたが好きだった」



 声が小さかった。


 顔が真っ赤だった。耳の先まで赤くなっている。


 トールの手が動いた。ミナの指に触れた。


 ミナが払わなかった。朝の光が、二人の横顔を照らしていた。


 窓辺で見ていた。見てはいけないものを見ている自覚はあった。


 でも目が離せなかった。隣にカイルがいた。


 いつの間にか窓の横に立っていた。二人とも黙って、縁側の二人を見ていた。


 視線が合った。合って、逸れた。


 わずかな沈黙が、流れた。



「あの二人、付き合うんだと思う」



 小声で言った。



「そうか」



 カイルの声も小さかった。


 沈黙が続いた。朝の風が窓から入ってきて、髪を揺らした。


 カイルの袖が私の袖に触れそうで、触れなかった。背後から声がした。



「あんたらは?」



 シャルロットだった。双剣の柄を両手で握ったまま、廊下の柱に肩をつけて立っていた。


 口元が笑っていた。



「え!?」



 声が、同時に出た。でも、私より、カイルの方が、明らかに動揺しているように見えた。


 耳の先まで赤い。普段の落ち着いた王子の顔が、どこかへ吹き飛んでいた。



「シャ、シャロ、こ、これは別に、その、私たちは、ただ」



 声が一段、高い。シャルロットが、じっと二人を見つめて、笑った。


 カイルが、固まった。耳どころか、首まで赤くなっていた。


 私の方を、ちらりと見た。目が合った。


 すぐに逸らされた。私も逸らした。


 視線が窓辺の薔薇に落ちた。心臓が、勝手に速くなっていた。


 もう一度、ちらりと目が合った。今度はカイルの方が早く逸らした。



「俺は」



「もう何も言わなくていいわよ、殿下」



 シャルロットが肩をすくめた。



「呆れた」



 ノクスが廊下の端から縁側を横切った。二人の横を通り過ぎる時、尾を一度だけ振った。



「やれやれ」



 縁側のミナが振り返った。



「あ、リーラ姐さん、見てたの?」



 トールが立ち上がった。



「手繋いだだけっす!」



 ミナがトールの肩を平手で軽く叩いた。


 脇腹の傷を庇っているようだった。



「バ、馬鹿トール!」



「いてっ」



 カイルと目が合った。


 カイルの口元が、何か言いたげに動いて、結局結ばれた。私の頬が熱くなっているのが、自分でも分かった。


お読みいただき、ありがとうございました。

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