第88話 「お嬢様!」
目を開けると、石畳の冷たさが頬に伝わってきた。視界が二重に揺れている。体が鉛のように重く、指一本動かない。
数歩離れた石畳の上で、フィオレが、ようやく身を起こした。割れた壺の破片の周りで、白い兎耳が震えている。
私と目が合った瞬間、息を呑んだ。
「お嬢様、っ」
フィオレが、よろめきながら、こちらに膝をついた。
その向こうで、シャルロットが石畳の上で身じろぎした。トールがミナを抱えたまま、ゆっくりと首を持ち上げた。
カイルの胸が、上下している。カイルは生きている。
ノクスが、首元に体を寄せたまま、私にだけ聞こえる声で、低く言った。
「お前が、勝ったんだ」
声を出そうとしたが、喉が動かなかった。
聞き返したかった、何が起きたの、と。
けれど、口の形を作る力が、もう、ない。
覚えているのは、爆風と、白い光と、それから、白い光に呑まれる直前に、誰かの低い声を聞いた気がする、その断片だけ。
金属が軋む音がした。塔守が近づいてきている、と思う。
「使徒よ、礼を言う」「核はまだ持つ」「神に、見られたな」言葉の輪郭だけが届いた。
意味はかろうじて分かったが、答える喉が動かない。頷いたつもりだった。実際に頷けたかは、わからない。
ノクスの毛並みが視界の端で揺れていた。鈴が小さく鳴った気がした。
最後に届いたのは、ノクスの声だった。
「やれやれ」
前足が一度だけ、私の頬を踏んだ。爪は出ていなかった。
暗くなった。
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