表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

85/236

第85話 「二人とも死ぬ」

 出血が、多すぎる。


 カイルの胸から肩にかけて裂けた傷口、そこから血が溢れ、石畳を染めている。三歩離れたミナの脇腹からも、同じ速さで命が流れ出ていた。


 どちらも、放っておけば死ぬ。


 五千年前の記憶が視界に重なった。灰が降る中、動かない体を抱えていた。


 あの時は間に合わなかった。傷が深すぎた。


 回復が崩壊する速度に追いつけなかった。



 ―――もう、誰も失いたくない



「フィオレ、煎じ薬!」



 声が裏返る。


 フィオレが弾かれたように駆けてきた。



「はいっ! 止血用に煮詰めてあります!」



 壺を抱えて私の隣に膝をついた。


 湯気がふっと顔に上がった。



「トール!」



 振り返った。トールが亀裂の入った盾を握ったまま固まっている。


 ミナを見下ろして、顔が真っ白だった。



「ミナの服を切って、フィオレの煎じ薬を傷口に!」



 トールの体が飛び出すように動いた。盾を置いて、腰の小刀を抜き、ミナの腰布を裂いた。


 手が震えていた。震えながらフィオレから壺を受け取り、煎じ薬を傷口に注いだ。


 ミナの傷から血が止まらなかった。止血薬では、内臓まで届かない傷だった。


 トールの肩が、大きく上下している。



「ミナさん、目を開けてくれ」



 声が震え、涙が顎を伝ってミナの服の上に落ちた。



「ミナさん、お願いっす、目を」



 ミナの目が、薄く開いた。焦点が定まらないまま、トールの輪郭を追った。



「俺、ミナさんに、ちゃんと言ってない」



 血で滑る手がミナの肩に触れ、握り直して離さなかった。



「俺、ミナさんが、好きっす」



 言葉が途切れ途切れだった。でも、はっきり聞こえた。


 ミナの目が一度大きく開いた。


 朦朧としながらも、確かに聞いているように見えた。


 唇が動きかけて閉じ、目が再び閉じていく。



「ミナさんっ――」



 トールが叫んだ。



「トール、すぐに」



 言いかけた、その時。



 浮き島の中央。男を呑み込んだ黒い球が、脈打った。



 ひとつ、息。もうひとつ、息。


 表面に、亀裂が走った。


 背筋の刻印が、突然、火に焼かれるように熱を放った。



 逃げろ、と体の奥が叫んだ。



 間に合わなかった。


 亀裂が、一気に枝分かれした。殻が、内側から押し広げられた。


 弾け飛んだ。


 その中から、出てきたのは。男ではなかった。


 影。


 ただの影。


 だが、輪郭を持っている。背丈は男の倍。


 輪郭の縁が、虚空を喰い裂くように揺らいでいる。眼の位置に、二つの白い光。


 空気が、凍った。


 その存在が、こちらを見た瞬間、私の体の中で、眠っていた何かが、一斉に目を覚ました。


 背中の肩甲骨の間が、焼かれるように熱くなった。喉の奥で、聞いたこともない悲鳴が鳴った。


 知っている。私は、これを知っている。


 五千年前、私が



「アヴェルナ」



 名前が、勝手に唇から漏れた。


 影が、答えるように、片手を上げた。黒い光が、膨らんだ。


 黒い光が月ほどの大きさの球となった。


 塔の最上層が、その光の中に呑まれかけた。



「伏せろっ!」



 誰に向かって叫んだのか、自分でも分からなかった。


 黒い光波が、浮き島をなぎ払った。全員が吹き飛んだ。


 シャルロットが階段の縁に叩きつけられ、トールがミナを庇ったまま転がり、カイルは伏せたまま動かない。フィオレの壺が割れて、ノクスが肩から弾かれて階段の暗がりに消えた。


 私も石畳に叩きつけられた。


 口から血がこぼれた。視界が斜めに傾く。


 誰も、動かない。


 目の前が、白くなった。



 音が、遠のいた。


お読みいただき、ありがとうございました。

この物語を見届けたいと思ってくださったら、ブックマークと★で、そっと背を押していただけると嬉しいです。毎日更新しています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ