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第81話 「私が、何を封じたの」

 最後の籠に、フィオレと私が並んで乗った。古代術式の青い光が籠の床から立ち上って、谷底から最下層の浮き島へ、ゆっくりと浮き上がっていく。


 フィオレが私の袖を握っていた。指先が震えていた。


 私はそれを払わず、もう一方の手をフィオレの兎耳の根元にそっと置いた。最下層浮き島に足が着いた瞬間、血の匂いがした。


 フィオレが私の斜め後ろで鼻を鳴らした。



「新しいです。半日以内」



 門前の石畳に、三つの体が転がっていた。


 黒いローブ。


 喉に矢が一本ずつ刺さっている。


 射角が正確で、迷いがない。一矢で急所を貫いている。


 カイルが膝をついて傷口を確かめた。



「矢。三人とも喉の同じ場所。一射で仕留めてる」



 上を見上げると、一つ上の浮き島の鎖の縁に、薄い煙がかすかに残っていた。


 もう消えかけている。


 風が、煙草の甘い匂いを運んできた。


 ノクスの耳が一度だけ動いた。



「あの女、また来てるな」



 ――あの人、なぜここに


 最初は中層市場の屋根の上だった。


 次は王城脱出の時の路地裏。


 今度は浮遊塔の鎖の縁。


 同じ煙草の匂い、同じ矢の痕。


 赤い瞳の女。名前はまだ知らない。



「足跡が、ひとつ上の浮き島の縁へ続いてます」



 フィオレが石畳に屈んで、足跡の方向を指差した。


 冷静だった。


 死体を見ても声が震えていない。


 だが、死体の一人の襟元が、風で捲れた。


 蛇が己の尾を呑む紋章。


 金属の徽章。


 フィオレの両耳が一瞬で立ち上がり、すぐにしゅんと倒れた。息を呑んだのが分かった。


 指先が震えて、薬草袋の紐を握る手の甲が白い。誰も気付いた様子がない。


 カイルは死体の傷口を調べ、トールとミナは門の先を警戒している。



「フィオレ」



 小声で呼んだ。フィオレの肩が一度揺れて、すぐに収まった。


 耳が半分だけ起き上がる。



「失礼しました。少し、においが」



 取り繕った声だった。


 嘘だと分かる。あの徽章を見た瞬間、フィオレの中で何かが弾けたのだろう。



 後で訊く。



 今は先に進む。


 門の奥から、重い足音が響いた。


 石畳を踏む音ではなかった。


 金属が石に当たる、硬質な打音。


 等間隔に、一歩ずつ。


 暗がりの中から、人型が現れた。


 骨格は金属だった。


 関節の継ぎ目が銅色に光っている。


 表皮は石化した木の樹皮で覆われ、胸部と肩に苔がこびりついていた。


 眼窩には琥珀が二つ嵌まり、その光は生き物のものではなく、記憶が灯っているような光だった。


 カイルの手が柄にかかった。


 トールが盾を構えかけた。


 手で、制した。


 古代自動人形。塔守。


 琥珀の眼窩が、私を見た。



「使徒の系譜よ。久しいな」



 声は金属の共鳴だった。


 喉がない。


 胸腔の中で空気が震えて、言葉の形になっている。


 古語だ。


 私とノクスにしか分からない。


 私の前世を知っているということだ。


 カイルが剣を抜きかけた手をそのまま止めた。


 私の制止を見て、半歩下がった。


 意味は分からなくても、私が動かないことで判断した。


 塔守の琥珀が私だけを映していた。



「最上層の核が破られかけている。手を貸せ。手遅れになる前に」



「私が、何を封じたの」


「奴らは、塔の核の封印を解こうとしている」



 塔守の声が低くなった。


 金属の震えが、一段太くなる。



「核に眠るものは、神々より古い。この世界の根に、最初から絡みついていた」



 空気が凍った。



「お前の前世が、そう判断して封じた」



(神々より、古い)


 カイルが一歩近づいた。


 何も訊かなかった。


 ただ、近くにいた。


 塔守が石畳を一歩踏んだ。


 打音が反響して、最下層浮き島全体に広がった。



「最上層の階段は鎖で繋がっている。落ちれば、霧の底から戻れぬ」



 塔守の言葉を、皆に伝えた。



「やばそうなのが上にいるってことね」



 ミナが腕を組んだ。


 振り返って、フィオレを見た。


 兎耳がまだしゅんと倒れている。



「フィオレ、ここで待機して。塔守と一緒に薬草を煎じておいて」



 フィオレが頷いた。



「お嬢様、何かあったら、すぐ駆け上がります」


「うん。お願いね」


お読みいただき、ありがとうございました。

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