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第74話 「侯爵家の御用達と、ここに宣言いたします」

 ドルクの鍛冶屋の店先で、私たちが届けた二枚の御用達認定の看板を、いよいよ扉の上に掲げる段になった。



 ガーレンが脚立を持ってきて、無言で看板を打ちつけた。


 釘の音が、行列の方まで響いた。シャルロットの横で、私も看板を見上げた。


 翼竜紋とセージ葉紋。胸の銀刺繍が、息に合わせて揺れた。


 シャルロットが扉の前に出た。令嬢ドレスの裾を、わずかに持ち上げる。


 行列に向かって、声を張った。



「皆様、お聞きください、本日この時より、この鍛冶屋を、ラヴェルン侯爵家ならびにヴェイン侯爵家の御用達と、ここに宣言いたします」



 行列のざわめきが、一斉に止んだ。


 一瞬あって、爆発した。


 拍手、口笛、「待ってました!」の叫び。



「ドルクさん、おめでとうな!」


「片腕でよくここまでがんばったな、本当に!」


「ヴィルヌア中層の誇りだぜ、お前ぁ!」



 行列の中から、明るい声が次々に飛んだ。誰のものとも分からない声に、ドルクが背を向けて、煤の手で目元を擦った。


 三年前に魔物から息子を庇って失った腕、と街の人々が知っているからこそ出る声だ。シャルロットが振り返って、ドルクに小さく頷いた。



「これからも、いい剣を打ってちょうだい。私たちのためにも、皆のためにも」



 ドルクが息を吐いた。


 煤の顔の中で、目だけが少し赤かった。



「ありがとうな、お嬢ちゃん達」



 ミラの手が、次の道具に伸びかけて、途中で止まった。



「あんた」



 ミラの声も、震えていた。前掛けで目を強く拭った。



「あんたが、ここまで頑張ったとこ、私が一番知ってるんだから」



 それから私たちに振り返って、目元を拭きながら頭を下げた。



「リーラ様、シャルロット様、うちの店を、ここまでにしてくださって、本当に、ありがとうございます」


「ミラ」



 ドルクが何か言おうとして、口を開け、結局閉じた。


 ミラの肩に大きな掌を置いて、ぐっと一度だけ押した。夫婦で、煤と煙の前で、しばらく動かなかった。


 奥の暖簾が揺れて、トールが顔を出した。



「父ちゃん、母ちゃん、なんかあったっすか」



 扉の上の二枚の看板を見上げて、トールが固まった。盾の縁を握る手が、震え始めた。



「うちの店、侯爵家の御用達」



 末妹が、トールの足の脇から駆け寄った。


 赤茶の二つ結びを揺らしながら、ドルクを見上げた。つま先の開いた靴は、ぱっくりした穴のままだった。


 一月前、私が初めてドルクの店で見た、あの靴だ。



「父ちゃん、なんで泣いてるの?」



 ドルクが、声を出さずに笑った。煤の顔が、いっそう深く皺になった。



「いいことがあったんだ、父ちゃんに。いいことがあったんだよ」



 末妹が首を傾げて、それからつられて泣き出した。



「分かんないけど、父ちゃん泣いてるから、泣く」



 弟妹たちが、奥から何人もぞろぞろ出てきた。


 三歳の末妹を真似て、誰が誰かも分からない子達が、皆で泣き始めた。トールが、片手で末妹を抱き上げて、もう片手でドルクの肩に置いた。



「父ちゃん、これからは、こいつの靴の心配しなくていいっすね」



 ドルクの厚い肩が、一度だけ大きく上下した。


 咥えたパイプを、ぐっと噛みしめたまま、口の端から放さなかった。


お読みいただき、ありがとうございました。

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