表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

73/236

第73話 「お嬢ちゃん、なんだそりゃ」

 翌朝、私の寝台の縁に、シャルロットが立っていた。



「リーラ、起きなさい。今日は視察よ」


「視察?」


「ドルクの鍛冶屋。あんたの家とうちの家、両方の侯爵家から御用達の承認が昨日通ったの。看板、今日掛けに行くわよ」


「父様、いつの間に」


「ドレスに着替え直して。昨日のドレスでいいわ。馬車はガーレンが用意してる。看板は彼が運ぶ」



 副木を当てた左腕を庇いながら、フィオレの手で藍のドレスに袖を通させてもらった。



 「お嬢様、腰紐少しきつくしますね」と、白い兎耳がぴょこんと揺れた。



 慣れた指で帯を締め直しながら、フィオレは何も聞かなかった。視察と言われて、ただ髪を結い直してくれた。


 廊下に出ると、カイルが革帯を締め直しているところだった。



「俺も行く」



 低い声だった。



「護衛として、それと、フレイムソードの手応えを、あの男に伝えておきたい」



 剣の柄に置いた指が、わずかに動いた。脇腹の傷の上に、布を一枚巻き直している。


 馬車に乗った。ガーレンの足元に、布で包まれた木の看板が二枚、立てかけられていた。


 ラヴェルン侯爵家の翼竜紋と、ヴェイン家のセージ葉紋。



 ―――ヴィルヌア中層、鍛冶屋通り。



 藍のドレスの裾が、石畳に擦れた。行列の視線が一斉に集まったのが、肌で分かった。


 背筋を伸ばすしかなかった。列の最後が、隣の通りまで折れ曲がっていた。


 店の扉に張り紙があった。新規予約は半年待ち。


 行列がざわついた。


 藍と緋、色違いのドレスの令嬢が二人、護衛剣士、看板を抱えた密偵。誰かが「侯爵家、?」と呟いた声が、列の後ろまで広がっていく。


 鍛冶屋の扉を押した。



「いらっしゃい」



 ドルクが、パイプを口から落とした。



「お、お嬢ちゃん、なんだそりゃ」



 慌てて拾って咥え直したが、唇から、また落ちかけた。ドルクの分厚い顎が、半開きのまま固まっていた。


 パイプが床に落ちる軌跡だけが、辛うじて動いていた。カウンターから出てきたミラの雑巾が、ドルクの後頭部を真正面から叩いた。



「あんた、いつまでお嬢ちゃんに見惚れてるんだい」


「いや、これは芸術品を鑑賞してたんだ」


「結婚した男が、若い娘さんに芸術品って言うんじゃないよ」



 カウンターの上にあった木べら、二発目。


 コツン、と小さく音が鳴った。


 ドルクが「いてっ」と頭を撫でた。


 パイプは咥えたまま。ミラが前掛けで手を拭いて、私たちに頭を下げた。



「リーラ様、うちの主人が、本当に申し訳ありません。こんなむさ苦しいところまで、お越しくださって」



 カイルが扉の脇に立った。視線がドルクに一秒だけ向いた。


 剣の柄に添えた指が、わずかに白くなった。シャルロットが口を開いた。



「初めまして、ドルクさん。私はシャルロット・ド・ラヴェルン。リーラから話は聞いてるわ、フレイムソードを打ち直した職人さんだ、と」



 ドルクがパイプをもう一度落としかけて、ぐっと咥え直した。



「ラヴェルン家のお嬢さんも、噂は伺ってますよ。剣の腕は王都にまで届いてる。胸元も、鎧で隠すには勿体無いって話だったが、今日のドレス姿は噂より上等だ」



 ミラが奥から麺棒を持ち出してきた。


 三発目、ゴツンと一段重い音が鳴った。


 ドルクが「あぐっ」と顔を歪めた。


 咥えていたパイプが、口の端で危うく揺れる。膝が一瞬、ぐらついた。


 シャルロットが涼しい顔で口の端を上げた。



「目利きね。でも今は別の話よ」



 ドルクが「へえ、こりゃ参った」と息を吐いた。



「今日は、御用達認定の看板を届けに来たわ」



 ガーレンが布を解いた。翼竜紋とセージ葉紋の二枚が、現れた。


 ドルクのパイプが、三度目に落ちた。



「お前さんたち、本気で、ここにそれを掛けるのか」


「本気よ。半年予約の店に、さらに箔をつけてあげるわ」

お読みいただき、ありがとうございました。

この物語を見届けたいと思ってくださったら、ブックマークと★で、そっと背を押していただけると嬉しいです。毎日更新しています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ