第70話 「灯りが全部ついていた」
別邸に戻った時、居間の灯りが全部ついていた。扉を開けると、先にトールとミナが卓の前に座っていた。二人とも無傷で、無事に戻っていた。
カイルが私の後ろから入ってきて、壁際の椅子に腰を下ろした。
脇腹を庇う小さな動きが見えた。他の三人からは見えない角度だったが、私だけには見えた。
シャルロットが窓辺に立っている。ガーレンは外。馬車の傍で見張りを続けているらしい。
ノクスが卓の端に飛び乗った。前足を組んで、全員を見渡した。
「揃ったな」
私だけに届く声だった。
卓の上に、ミナが広げた紙があった。宿屋から持ち出した帳簿の写しと、男から吐かせた拠点の名前が三つ。トールが盾の裏から折り畳んだ地図を引き抜いて、帳簿の横に並べた。
「結社のネットワーク、宗教と商人と貴族の三層っす。宿屋の帳簿に商人の名前が並んでて、そっから貴族の屋敷に荷が流れてたっす」
ミナが帳簿の行を指で辿った。
「マヌエルって名前、こっちでも出たわ。あの男が『マヌエル様はアルシェロンにおられる』って」
王城で得た情報と重なった。侍従長が語った名前と、街中で吐かせた名前が、同じ一点に収束している。
カイルが口を開いた。
「侍従長から聞いた。呪い手はマヌエル。父上と兄上から感情を奪った瓶は、侍従長が持っていた」
カイルが布に包んだ二つの瓶を卓に置いた。骨のような白い材質。中の液体が濁って揺れた。
「ただ、侍従長は言った。古代の遺物で、戻し方はわからないと。マヌエルに使い方を教わったが、解き方までは知らないと」
トールの手が盾の縁を握り直した。
「それと、在庫が尽きる前に最終儀式を急いでいる、とも言っていた。使徒殺しの儀だ」
カイルの視線が、一瞬だけ私に触れた。すぐに逸れた。
「第九の使徒を生贄にして、その力を奪い、新たな神を立てる」
ミナの目が変わった。帳簿の上に置いた指が白くなっていた。
「あたしの修道院の子たちが攫われたのも、結社の末端だったってこと?」
「そうだ」
「人族だけの新世界。異種族排除。感情は弱さ。侍従長はそう言った」
シャルロットが窓辺から振り返った。腕を組んだまま、声だけが静かだった。
「規模が、想像以上ね。私の家のような侯爵家にまで手が伸びていた可能性がある」
カイルが頷いた。見回すと、みんなの視線が卓の上に落ちていた。帳簿の商人名、地図上の拠点、男から吐かせた貴族家と王城の側近。
線で結んでいくと、ルグランド王国だけでは収まらない。北のアルシェロン、南のサフィアル交易連合まで線が伸びる。
三カ国を跨ぐ蜘蛛の巣の中央に、マヌエルの名が浮かんでいた。
「私たちが動かないと、誰も止められない」
言ってしまってから、もう引き返せないのだと思った。
副木を当てた左腕が、卓の縁に当たって小さく痛んだ。ノクスが前足で卓を一度叩いた。
「やれやれ、五千年経っても人類は変わらんな」
私だけに届く声だった。だがノクスが前足で卓を叩いた音は、部屋の空気を少しだけ軽くした。
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