第67話 灯りが点いていた
侍従長の部屋を出ようとして、扉の手前で足を止めた。部屋の窓から、父王の居室がある東翼が見えた。灯りは点いていた。
窓の向こうに人影が動いている。立ったまま、唇だけで短い一節を組んだ。声にならない古い言語。ノクスの耳が一度だけ動いた。
父王の方角に、何かがあった。見えない壁だった。古い術式の残滓でも、結界でもない。
もっと別の、私の知らない体系で組まれた、何か。
私の古代魔法が、その壁の縁にすら触れなかった。指先から放った力が、三歩先で滑るように逸れて、消えた。
「ほら、見ろ。お前じゃ、この呪いは解けんぞ」
ノクスの声が足元から届いた。
「うん」
五千年前、私は自分の領分しか知らなかった。炎と氷と風と雷と、あらゆる力を振るった。山脈を消した。湖を干上がらせた。何でもできると思っていた。
五千年の時を経て、転生したこの体で初めて、知らない場所があると気付いた。
「解き方の鍵はマヌエルにある」
ノクスが簡潔に整理した。
私は頷いた。
廊下に出た。
カイルが廊下の窓から、父王の居室を見つめていた。灯りの向こうの人影。あの人影が、かつて息子を愛した父だった。
「取り戻す」
短い一言だった。声に余計な熱はなく、刃のような芯が一本通っているだけだった。
頷いた。言葉は要らなかった。
空気が、一変していた。
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