表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

64/236

第64話 副木の左腕

 副木を当てた左腕が、歩くたびに鈍く重い。藍のドレスの裾を右手でつまみながら、私はカイルの半歩前を歩いていた。


 肩ではノクスが小さく揺れている。侍従長の部屋に向かう途中、廊下の窓から中庭が見えた。


 屋根付きの一角に、シャルロットがいた。古い貴族の老人と向かい合っている。白髪を後ろに撫でつけた痩身の男だった。襟元に王家紋に似た古い意匠がある。


 隣のカイルは護衛剣士の覆面をしたまま、剣の柄に手を添えている。母上を見て以来、ずっと無言だった。


 シャルロットの口が動いている。老人が頷いている。窓越しで、二人の声は届かなかった。こちらの存在には、気付いていない。


 隣のカイルは窓の外に視線を向けたまま、何も言わなかった。気付いている、と分かった。


 だが立ち止まりもしない。足が止まった。



 私だけが、止まっていた。



 脳裏に、一枚の光景が走った。五千年前、旅の途中で世話になった貴族の屋敷。蝋燭の灯る食卓を囲み、葡萄酒を酌み交わし、地下迷宮の地図を渡した。寝具まで貸してくれた男だった。


 三日後、宿の前に追手が並んでいた。あの男が、私の居場所を売っていた。


 別の光景が重なる。同じように食卓を囲み、笑い合った第七使徒。翌朝、敵側の最前列に立っていた。


 なぜ、と問う前に、戦場の喧騒が彼を呑み込んでいった。



 ――また、裏切られるのか。



 ――シャルロット。



 声にしなかった。声にしてしまえば、本当に疑ったことになる。


 ――また仲間を失うかもしれない。



「ノクス」


「ん?」



 肩の上で、金色の目がこちらを見ていた。



「あの人、誰かしら」



 ノクスが目を細めた。私の顔を見て、老人を見て、また私を見た。



「お前、また、震えてるな」



 指先を見た。右手の指が、藍のドレスの裾を握り込んでいた。



「あとで聞け。今は、目の前のことに集中だ」



 ノクスの尾が一度だけ揺れて、止まった。胸の奥は冷たいままだった。


 それを抱えたまま、侍従長の部屋に向かって歩き出した。カイルが半歩先を行く。


 何も聞かなかった。


お読みいただき、ありがとうございました。

この物語を見届けたいと思ってくださったら、ブックマークと★で、そっと背を押していただけると嬉しいです。毎日更新しています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ