第63話 絡んでいた指がほどけた
歩みを止めなかった。止めたら、戻ってしまう気がした。
回廊を一つ曲がったところで、絡んでいた指がほどけた。誰かに見られる前に、と判断したのだろう。
リーラが半歩、前に出た。藍のドレスの裾が床を擦って、俺は護衛剣士の位置。半歩後ろに戻された。
兜の中で、自分の声が漏れた。
「母上は、俺を見なかった」
半歩前のリーラが、歩調を緩めなかった。普通なら、慰める言葉が返ってくる場面だ。
「仕方ない」とか、「兜を被っていたから」とか。
代わりに、別の言葉が返ってきた。
「違います」
リーラの声だった。
歩調が緩んだ。
「見ていました」
リーラは振り向かないまま言った。
「気付けなくても、人は、大事なものを見ています」
足が、止まった。
振り返った。リーラも立ち止まって、こちらに向き直っていた。兜の影の縁の下、目の前に彼女の顔があった。
編み込まれた銀髪を留める銀の細い髪飾りが、廊下の薄い光を一度だけ反射した。深い紫色の目が、こちらを見上げていた。
だが、
――なぜだろう。
この子は、なぜ、こんな目で言うんだろう。リーラはただ、じっと見つめていた。
俺も何も聞かなかった。小さく、頷いた。
二人で、無言で歩き出した。
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