第60話 藍のドレス
作戦が決まり、それぞれが支度に散った。私も、王城へ上がるための着替えに通された。
シャルロットが衣装櫃を運ばせていた。蓋を開けると、深い藍のドレスが現れた。胸元に銀糸の刺繍。母の薬草園のセージの葉に似た意匠が、襟元を一周している。
「リーラ、着替えなさい。今日は冒険者じゃなくて令嬢として行くの」
「ローブの方が、動きやすい」
「侯爵令嬢が城に上がるのに、ローブで行くわけないでしょ。ヴェイン家の紋を見せれば顔パスよ。王家お抱えの医者の家なんだから」
フィオレが呼ばれて、着替えを手伝った。ローブを脱がされ、副木の左腕を庇いながら、藍の生地を通される。腰紐が、慣れた手つきで締められた。胸の銀刺繍が、息を吸うたびに小さく揺れた
藍の生地はひやりと冷たく、肌に馴染むまで少しかかった。袖を通すたびに、副木の重みが布の下で意外なほど目立たないことに気づいた。鏡の向こうで、見覚えのある令嬢が、こちらを見返していた。
髪も結われた。フィオレの細い指が、腰までの銀髪を編み込みでまとめ、銀の細い髪飾りで留めた。
窓の外では、ガーレンが馬車を回している音がしていた。車輪が砂利を踏む低い軋みが、別邸の壁越しに届く。出立の刻が近づいているのが、音だけで分かった。
年に二度の夜会で見慣れたはずの令嬢の顔。でも今日は、少しだけ違って見えた。
シャルロットが下がって、こちらを上から下まで眺めた。満足そうに頷いた。
「私の隣に立つのに、ふさわしいじゃない」
言いながら、シャルロットの指が、私の襟元の銀刺繍をそっと直した。
「妹がいたら、こんなふうに着飾らせたかったの。──ずっと、思ってた」
いつもの張った声が、ほんの少しだけ、柔らかかった。
部屋を出ると、廊下の柱に背を預けてカイルが待っていた。私たちが着替えている間に、カイル自身も護衛剣士の革鎧と兜に身を整えていた。シャルロットがその方へ視線を投げた。
「カイル、見なさいよ」
カイルが振り向いた。兜の隙間から覗く目が一瞬、止まった。息を呑む音が、覆面の下でわずかに聞こえた。剣の柄に添えた指が、わずかに浮いて、戻った。
ノクスが肩に登りながら、私にだけ届く声で言った。
「久しぶりだな、ドレス姿は」
「まあね」
「そうだったな。前世から、こういうのは似合う方だった」
「黙って」
「ふむ。行くか」
鈴が小さく鳴った。
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