第57話 フレイムソード
ドルクが熔けて歪んだ剣身に手を置いた。ロンドという名を聞いてから、目の中の遠さが消えない。やがてドルクは、その昔を手繰り寄せるように口を開いた。
「俺と、組んでた。二十年以上前だ。あいつ、王宮警護隊長になった後も、たまに酒を飲みに来た」
カイルの顔色が変わった。
柄を握る。もう剣の柄ではないが、手が白くなった。
「師匠を、知ってるのか」
「組んでた。何度も命を救い合った仲だ」
ドルクが、剣身に手を置いた。橙の縞模様を、慎重に辿った。
「あいつ、どうしてる」
カイルが答えられなかった。
沈黙が、答えだった。ドルクはそれ以上聞かなかった。パイプを口の端で挟み直して、長く息を吐いた。それから、剣身を炉の前に持っていった。
「打ち直すぞ。お嬢ちゃんの図解と、ロンドの遺したこの剣身。二つあれば、本物が出来る」
ドルクが炉の口を開けた。
「トール、鉗子を頼む」
「了解っす!」
トールが革手袋を嵌めて、両手で鉗子の柄を握った。父子の鍛冶の動線は、何百回と繰り返してきたものだった。
ドルクが熔けた剣身を炉に差し込み、トールが角度を合わせて固定した。橙の縞が熱を吸って、内側から赤く光り始めた。
ミナがフードを下ろして、私の右腕に手を添えた。
「姐さん、座ったほうがいい。長くなるわよ、これは」
椅子に座らされた。
ミナが隣に立ち、カイルが入口の柱にもたれている。ドルクの鎚が鳴った。トールが鉗子を合わせる。父子の呼吸だけが、炉に響いていた。
何時間か経った。剣が、鍛冶台の上に横たわっていた。刃が赤い光を帯びていた。
微かに、蝋燭の炎より薄いが、確かに、赤い。
ドルクが剣を持ち上げた。空中で軽く振った。空気が、ふわっと熱を帯びた。
「これは」
ドルクの声が変わった。パイプが口から落ちかけて、慌てて唇で挟み直した。
「焔の循環が回ってる。本物だ」
刃の周りの空気が揺らいでいる。陽炎のように。だが熱は制御されている。持ち手には伝わらない。循環式が正しく組まれている証拠だった。
「カイル、試し振りを頼めるか」
ドルクがカイルに声をかけた。カイルが柱から離れて歩いてきた。剣を受け取る。両手で柄を握って、重心を確かめるように二度傾けた。
軽く振った。空気が裂ける音がして、刃の周りに小さな焔が踊った。赤と橙の光が弧を描いて、すぐに消えた。
カイルが目を見開いた。
「手の馴染みが、師匠の剣そのままだ」
口から漏れた。独り言だった。
ドルクが、パイプを口の端で深く噛みしめた。
「あいつの癖はわかっている」
カイルが息を止めた。柄を握る手が白くなった。それから、ゆっくりと頷いた。カイルの肩が、少しだけ下がった。
ドルクが、剣をカイルに差し出した。カイルが両手で受け取った。
「鞘はあとで作る。それまで布で巻いとけ」
ドルクが、図解を畳んでカウンターの奥に仕舞った。
奥から足音が走ってきた。小さな足音。末妹が駆けてきた。三歳。赤茶の髪をふたつに結んで、つま先のぱっくり開いた靴で、石の床を踏んでいる。
「お父ちゃん、何作ったの?」
ドルクが片膝をついて、末妹の頭を撫でた。大きな手だった。片腕しかないのに、頭を撫でる動きは柔らかかった。
「お前の靴を買う金が、もうすぐ入るかもな」
末妹の顔がぱっと輝いた。
「ほんと?」
「分からん。だが、いい剣がつくれたことは確かだ」
末妹のつま先を見た。靴底が薄く擦り減って、布の裏地が覗いている。歩くたびに石畳の冷たさが直に伝わるだろう。
店を出た。
帰り際、店先で旅人の冒険者が二人、こちらを見ていた。カイルが手にした剣の刃に、目が吸い寄せられている。
「あれ、伝説のフレイムソード? まさかな。あの兄ちゃんの剣、やっぱり燃えてないか?」
「ドルクの店から出てきたぞ。修繕だけの店だろ、あそこ」
「聞いてみようぜ」
冒険者の足が、店の扉に向かった。噂が広がり始める音がした。
ノクスが肩の上で、私だけに届く声で言った。
「お前、また経済を動かしたな」
「困ってる人を助けただけ」
「それが経済だ」
カイルが隣を歩いていた。さっきのロンドの件で、少し口数が減っている。何も聞かなかった。カイルも何も言わなかった。
末妹のぱっくり開いた靴が、目の裏に残っていた。次に来る時には、もう少し何か持ってこよう。解読できる項目は、まだたくさんある。
背後で、店の扉が開く音がした。
「いらっしゃい」
ドルクの声だった。客が入った。朝の光が中層の石畳を白く照らしていた。
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