表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

39/140

第39話 近づけば失う

 帰りは思ったより遅くなり、野営となった。野営の焚き火が、ぱちりと爆ぜた。


 トールとミナは先に眠っていた。トールが盾を抱えたまま岩に寄りかかって寝息を立てている。


 ミナはトールの反対側の岩の陰で毛布にくるまっていて、背中がこちらを向いている。


 カイルと並んで座っていた。膝の上ではノクスが丸くなって、尾を体に沿わせていた。


 月が、高い位置にあった。雲が薄くかかって、光が水のように揺れている。


 焚き火の音だけが続いていた。


 虫が一匹、炎の周りを回っている。



「お前、あの幼女をどう思った」



 カイルの声が低かった。焚き火の向こうを見ている。



「恐ろしい人」


「分かる。目の奥が深かった」



 炎が揺れた。虫が光の縁を飛んで、逸れて、闇に消えた。



「お前、何かを抱えてるな」



 黙った。



「言わなくていい。聞かない」



 カイルの手が伸びた。


 肩に触れた。手のひらが肩の上に乗っただけだった。


 指が外套の布を掴むでもなく、ただ置かれていた。重さだけが伝わった。


 月明かりが白かった。カイルの横顔が光の中で輪郭だけになって、目が暗かった。


 距離が近かった。



「リーラ」



 名前を呼ばれた。声が、低かった。


 カイルの指が、肩から動いた。


 外套の襟元に触れかけて、止まった。


 焚き火が爆ぜた。


 虫が炎の縁すれすれを飛んでいた。



 ――あの時もこうだった。



 焚き火の傍で、隣に誰かがいた。


 あの人の顔が、カイルの顔に重なりかけて、剥がせなかった。


 同じ低い声。同じ距離。


 同じ月の色。あの人は七日で死んだ。


 私を庇って、灰の中で、体温が消えていった。体が先に動いていた。


 無意識に、身を引いた。

 カイルの指が、静かに膝の上に落ちた。



「すまない」



「いえ、私が」



 言葉が途切れた。


 手が震えていた。指を握って止めた。


 カイルが、その指先を見つめていた。後悔の色が、目の奥にあった。



 ――あの人も、こうやって隣にいた。



 同じ焚き火の傍で。七日後に死んだ。



 近づけば、失う。



 それだけが胸の底にあって、動けなかった。


 焚き火の音だけが続いていた。カイルは何も言わなかった。


 カイルの手は、自分の膝の上に落ちたまま、握り直されもしなかった。



「好きになるのも、怖がるのも、お前の自由だ」



 膝の上のノクスが、いつの間にか顔を上げて、私の頬を見上げていた。ヒゲの先が一度だけ、ぴくりと震えた。


 それから、ゆっくりと目を細めた。怒っているのでも、呆れているのでもない、ただ静かに見守る目だった。


 私は、目を伏せた。答えられなかった。


 ノクスも、それ以上は言わなかった。


お読みいただき、ありがとうございました。

この物語を見届けたいと思ってくださったら、ブックマークと★で、そっと背を押していただけると嬉しいです。毎日更新しています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ