第35話 呪いが慈悲だったと
一緒に八番目を探さんか――その誘いに、私はすぐには答えられなかった。アロウィンは私の沈黙を待たずに続けた。
「儂はあやつを倒す。神に背いたのであれば、葬って楽にさせるしかあるまい。使徒が神と袂を分かって、幸せなはずがあるまい」
「でも」
「儂は動けん。学院の表看板を背負っとる。だがお前さんは、動ける」
「私が動けば、家族が巻き込まれるかもしれない」
声が固かった。自分でも分かるくらい、喉が詰まっている。
「もうすでに危険じゃろうて」
アロウィンの空色の目が、私を真っ直ぐ見ていた。子供の顔に、子供ではない静けさが乗っている。
「お前さんの選ぶことじゃがな」
私は、唇を噛んだ。
ノクスが私の肩から降りて、テーブルの上に飛び乗った。アロウィンと目の高さが揃った。アロウィンの眉が、ふっと動いた。
「ふむ。お前か」
ノクスが普通に聞こえる声で答えた。私だけでなく、アロウィンにも届く声だった。
「アロウィンか。久しいな。前に会ったのは、お前さんの前世の終わりだろう」
「儂が魔法体系を打ち立てて、最後の一筆を入れた夜じゃな。お前さんが影の枝の縁で、煙草を吸っとった」
「あの時の煙草、まだ覚えてるか」
「忘れるか。儂が死ぬ夜に煙草を手土産に現れた猫など、お前以外におらん」
ノクスの金色の目が、すっと半分閉じた。視線を逸らさないまま、瞼だけが落ちる。
「敬意は払ったぞ」
「煙草は敬意ではない」
五千年を生きた使徒と影神の分霊が、子供と猫の見た目で軽口を叩いていた。何千年も前の話を、昨日のことのように。少しだけ、喉の奥が熱くなった。
――この二人は、お互いを覚えていた。
アロウィンの空色の瞳が、また私に戻った。
「お前さん、また悩んどるのか」
「はい」
「何を、と聞かんよ。儂も通った道じゃ」
テーブルの上で、五つのカップが湯気を立てていた。
「今日は、ここまでにしておこう」
アロウィンがゆっくり言った。
「お前さん、まだ準備ができていない」
「準備とは」
「いずれ、あの呪いが慈悲じゃったと分かる日が来る」
意味が分からなかった。
呪い――記憶を消されるという、神の一番厳しい縛り。
それが、慈悲?
「私はもう選びました。この契約を受け入れると」
「ああ。お前さんは選んだ。じゃが、なぜ神がそれを用意したか、まだ分かっておらんじゃろう」
アロウィンが椅子から降りた。足音が軽かった。
「いずれ、また来るがいい。儂はここにおる。逃げも隠れもせん」
扉の前で、一度振り返った。
「お前さんの猫、面倒見がいいの」
ノクスの尾が一度だけ揺れた。返事はしなかった。




