表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

35/115

第35話 呪いが慈悲だったと

 一緒に八番目を探さんか――その誘いに、私はすぐには答えられなかった。アロウィンは私の沈黙を待たずに続けた。



「儂はあやつを倒す。神に背いたのであれば、葬って楽にさせるしかあるまい。使徒が神と袂を分かって、幸せなはずがあるまい」


「でも」


「儂は動けん。学院の表看板を背負っとる。だがお前さんは、動ける」


「私が動けば、家族が巻き込まれるかもしれない」



 声が固かった。自分でも分かるくらい、喉が詰まっている。



「もうすでに危険じゃろうて」



 アロウィンの空色の目が、私を真っ直ぐ見ていた。子供の顔に、子供ではない静けさが乗っている。



「お前さんの選ぶことじゃがな」



 私は、唇を噛んだ。


 ノクスが私の肩から降りて、テーブルの上に飛び乗った。アロウィンと目の高さが揃った。アロウィンの眉が、ふっと動いた。



「ふむ。お前か」



 ノクスが普通に聞こえる声で答えた。私だけでなく、アロウィンにも届く声だった。



「アロウィンか。久しいな。前に会ったのは、お前さんの前世の終わりだろう」



「儂が魔法体系を打ち立てて、最後の一筆を入れた夜じゃな。お前さんが影の枝の縁で、煙草を吸っとった」



「あの時の煙草、まだ覚えてるか」



「忘れるか。儂が死ぬ夜に煙草を手土産に現れた猫など、お前以外におらん」



 ノクスの金色の目が、すっと半分閉じた。視線を逸らさないまま、瞼だけが落ちる。



「敬意は払ったぞ」



「煙草は敬意ではない」



 五千年を生きた使徒と影神の分霊が、子供と猫の見た目で軽口を叩いていた。何千年も前の話を、昨日のことのように。少しだけ、喉の奥が熱くなった。



 ――この二人は、お互いを覚えていた。



 アロウィンの空色の瞳が、また私に戻った。



「お前さん、また悩んどるのか」


「はい」


「何を、と聞かんよ。儂も通った道じゃ」



 テーブルの上で、五つのカップが湯気を立てていた。



「今日は、ここまでにしておこう」



 アロウィンがゆっくり言った。



「お前さん、まだ準備ができていない」


「準備とは」


「いずれ、あの呪いが慈悲じゃったと分かる日が来る」



 意味が分からなかった。


 呪い――記憶を消されるという、神の一番厳しい縛り。


 それが、慈悲?



「私はもう選びました。この契約を受け入れると」



「ああ。お前さんは選んだ。じゃが、なぜ神がそれを用意したか、まだ分かっておらんじゃろう」



 アロウィンが椅子から降りた。足音が軽かった。



「いずれ、また来るがいい。儂はここにおる。逃げも隠れもせん」



 扉の前で、一度振り返った。



「お前さんの猫、面倒見がいいの」



 ノクスの尾が一度だけ揺れた。返事はしなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ