第34話 神に背を向けた使徒
胸の高さの揃わない一番目の使徒に、私はもう一度向き直った。五千年前のあの夜、同じ声を聞いた者。ずっとこの谷で時を止めて、何かを待っていた者。
「あなたも、待っていたんですか」
「ずっとな」
アロウィンが椅子に登った。足が床に届かない。テーブルの端に小さな手を置いて、こちらを見据えた。
「儂は四年前に気付いた。神が、もう一人遣わしたと。気配で分かる。九人目は――女子じゃろう、と。それから儂は、ここで待っていた」
「天落ちの谷で」
「儂の家は、儂が動かんでも来れる者だけが来る場所じゃ。罠と同じ仕掛けじゃよ。本物しか辿り着けない」
アロウィンが、ふっと笑った。
子供の顔で老人の笑い方をした。
「お前さん、本当に、よく来てくれたな」
胸の奥が、温まった。
感情を抑えながら、私は本題を切り出した。
「結社を率いている者を探しに来ました。仮面の男で、マヌエルと名乗っていました」
アロウィンの顔が曇った。
「マヌエルという名は知らん。じゃが、結社のことなら少し知っとる」
アロウィンの目が、すっと細くなった。空色が、灰青に近づいた。
「あれを動かしておるのは、八番目じゃ」
それだけ言って、アロウィンは口を閉じた。
「儂も知らん。そのマヌエルという者かもしれん。神にも見えていないはずじゃ」
「神が」
「ああ。我らの父である神が、自分の使徒を一人、見失っとる。普通ならありえん」
アロウィンの小さな手が、テーブルの木目を指でなぞった。
「七番目までは、皆、新しい人生を生きとる。儂が知っとる」
「もっとも、使徒は使徒じゃ。普通に生きようとしても、世界の方が放っておかん。皆、どこかで小さく歴史を曲げておる」
「七人」
「だが八番目だけは違った。死んでいないことだけ分かる。神の声も届かん場所におる」
「結社」
「ああ。それは、確かじゃ」
私の中で、五千年前の同時代人の顔が、いくつもよぎった。誰だ。あの中の誰が、神の目を欺くほど深く落ちたのか。
「あなたは、誰が八番目か知っているんですか」
「知らん」
短い答えだった。だが続けた。
「儂は一番目じゃ。皆より先に神に呼ばれて、ここで時を止められた。この体で、皆の生も死も、転生も、ずっと見てきた。皆の名前は知っとる。皆の魂の気配も覚えとる。じゃが、八番目だけは、気配が消えとる」
「あいつは、九人の中で一番長く神に祈っとった。誰よりも神を求めとった。じゃが、ある時、魂の気配が変わった。神に背を向けたんじゃ。その瞬間、繋がりが切れた」
カイルが背後で動いた。剣の柄の革が音を立てて鳴った。
「神を信じることをやめた」
「お坊ちゃま」
アロウィンがカイルに視線を送った。
「呪いの症状だけ分っても、儂には解き方はわからん。呪い主を捕まえんことにはのう」
カイルが息を呑んだ。それきり黙った。
アロウィンが、再び私を見た。
「儂と一緒に、探さんか。八番目を」
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