第29話 「今日は依頼を受けない。魔法学院に行く」
ギルドの朝は空いていた。カウンターの端でカイルが依頼書を眺めている。トールが受付の横で盾を磨いていた。
ミナがカウンターの反対側で投擲ナイフの柄に布を巻き直していて、私が入口を抜けた瞬間にこちらを見た。
「姐さん、おはよ」
「おはよう」
カイルが依頼書から目を上げた。
「今日は依頼を受けない。魔法学院に行く」
カイルの眉が動いた。
「魔法学院?」
「学院長アロウィン様にお会いしたい。昨夜の話、学院長なら何か分かるかもしれない」
カイルだけに通じる言い方をした。カイルの目が変わった。一瞬だけ、昨夜の薬草園で見せた顔に戻った。
「アポも無しに学院長に会えるわけが」
「行ってみないと分からない」
ミナが、柄に布を巻いたままのナイフを腰に差した。
「理由は聞かない。でも、姐さんがそんな顔してるのに留守番なんて、できるわけないでしょ。ついてく」
トールが盾を背負い直して立ち上がった。
「俺もっす! 姐さんが行くなら、俺の盾も行くっす!」
カイルは三秒黙ってから、依頼書をカウンターに戻した。
「分かった」
カウンターを離れる途中で、トールがミナの袖を引いた。二人の少し後ろで、声をひそめた。気を遣ったつもりらしい。
「ミナさん、カイルさんとリーラさん、つきあってるっすよ。この前の依頼の時にお姫様抱っこしてたっす」
カイルの足が止まった。耳が赤い。
私も立ち止まった。声が大きいので、全部聞こえている。
ミナがカイルと私の顔を見た。耳の赤さと、目の逸らし方を一秒で読んだらしい。
ミナの膝がトールの腹に入った。
「黙って! まだ、つきあってないわよ! 馬鹿」
トールが口をぱくぱくさせた。息が戻らないらしい。
堪えきれなかった。口元を手で押さえたけど、肩が揺れて止まらなかった。
入口の階段を降りる時、足元の石段が欠けていた。つま先が引っかかって、バランスを失った。カイルの手が伸びた。
――肘に触れて、すぐに離れた。
触れた場所がまだ温かくて、指が宙を握った。カイルは何事もなかったように半歩前に出て、背中を向けていた。耳の先が赤い。
ノクスの声が、私だけに届いた。
「照れると背中を向ける癖、直らんな」
「黙って」
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